FC2ブログ
admin⇒

日記的空間

主に、私見のために使用するスペースです。 所々、日記的に気ままに書いたりと、アトランダムな使用をしていきます。

 | ~home~ | 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

著作権と詰将棋:法律と法律以外と

過去に二回、著作権と詰将棋著作権の制限についてブログを書いてきました。
今回は、これに続いて、そもそも法律って何なのか、法律さえちゃんと理解していればそれでいいのか、という視点から考えていこうと思います。

1.法律とは

この法律とは、と言うのは難しい問題ですが、基本的には、社会のルールのうち、国家がその権力を持って定める規範であると言うことが出来ます。
この規範の中には、「強行法規」と呼ばれる、ざっくり言ってしまうと「国が何があっても曲げないぞ、国民はこれに絶対に違反しちゃいけません」というものもあれば、「任意規定」という、これもざっくり言えば「みんなが自由にルールを決めてもいいけれど、特にルールを決めないなら、国がこういうルールを決めておくね」というタイプのものもあります。
たとえば、刑法なんかは基本的に強行法規の性格を持っていますね。「うちの村では人の家のものは何でも勝手に持って行っていいんだ」といくら主張しようと、人の家のものを勝手に持ち帰れば窃盗罪になるわけです。

強行法規か任意規定かという問題は、実は法律に明確に規定されているわけではないのです。それゆえ、法律をどのように解釈していくか、と言うのが大切になるのです。
具体例を言いますと、たとえば著作権の支分権の中には「著作者人格権」と分類されるものがありましたが、これは法律には譲渡することが出来ないとの規定がありました。
ではこれが、強行法規になるか任意規定となるか、と言う問題ですが、法律には書かれていません。しかし、「譲渡できない」というルールをわざわざ定めておきながら、「個人が自由にルールを作ってもいいよ、何も取り決めしないときは国がルールを決めるね」というタイプ、即ち任意規定だと考えると、そもそも譲渡禁止とルールを作った意味がなくなります。
なぜなら、個人が自由に決められるならそれは譲渡が可能と言うことに他ならないからです。禁止しているのに可能というのは明らかに矛盾していますね。それゆえ、著作者人格権の譲渡が禁止されていると言うのは、解釈によって強行法規だということが分かると言うことになります。

このように、強行法規か任意規定かと言う問題は、やはり基本的には法律の解釈の世界であり、それは結局法律の世界の論理の中で決定していくことになります。
そのように考えると、法的な問題になったときに、慣習などが考慮されることはあるのは間違いないのですが、それらは慣習によって決まるのではなく、あくまでも法律がどのように解釈されるかによって決まると言う側面があると言うことになります。
それはつまり、法律の世界で決まる問題については法律の解釈が先に来るのであり、それについて、「うちの村ではそうではない」と言うことは、それ自体意味がないと言うことなのです。
それは、法律によって定められた内容が国家権力によって担保されたものであることから逃れられない問題になります。望まなくても、国家権力にその行使を求めたとき、それは法律に従って発動するのです。
もしも、その国家権力の発動が、それによって不都合が起きるのであれば、その法律の中で、出来る限りのことをしておかなくてはならないのです。
先の例に挙げたように「うちの村では人の家のものは勝手に持って行っていい」というのはそのままでは窃盗罪です。日本国内においてはつかまりますが、それならば、無料でものを置いていき、あるいは持っていくことが出来る集積場を作ろう、と言った対策をすることは可能なわけです。

2.著作権法をどのように活用するのか

さて、詰将棋に関しては、これまでも著作権法が関係していることは書いてきましたし、この問題を無視することは不可能だと思います。
ということで、著作権法をカスタマイズする方法を考えましょう。

2-1 著作者人格権をカスタマイズ

著作者人格権は譲渡できない権利として、著作権法上も解釈する上では強行法規であるのは間違いありません。
中でも同一性保持権が大変な問題であり、「少しも手を加えることができない」となると場合によっては問題が起きることはあります。もちろん、著作権の制限と同様、著作者人格権にも制限があり、「やむをえない事由」により手を加えることは出来るのですが、どこまでが「やむをえない」のかはそれこそ法律上の問題であり、軽々に判断してしまうと、国家権力に「それは駄目」と言われてしまう可能性があるわけです。
ではどうするか?この答えは「著作者人格権も権利の一つであり、それを行使するかどうかは個人の自由である」というところにあります。
つまり、「君は著作者人格権を行使しない、そのことを約束しようじゃないか」ということです。譲渡が出来ないなら行使させなければいい、ということですね。
それアリなのかよ、と疑問はあるかもしれません。実際私も、それあり?って思います。このあたりは実は議論がありますが、一応アリということにしておきましょう。「駄目かもしれない」という話は、後半に書きますので、それも併せて読んでいただくといいと思います。

2-2 著作権をカスタマイズ

著作権をカスタマイズするのは著作者人格権に比べると簡単です。
と言うのも、著作権は著作者人格権と違い、譲渡が可能であることが法律上規定されているからです。
ということは、著作権の行使を受けると面倒だと言う話になるのであれば、最初から「著作権頂戴」と言っておけば良いわけです。
「お前は作品を作る、俺は著作権をもらう、約束な!」って約束を交わせばいいわけです。
詰将棋であれば、詰将棋パラダイス、将棋世界、スマホ詰パラといった作品掲載の場において、投稿規程に「著作権を編集部に渡すことを許諾する」という文言を入れたらいいことになります。
注意すべきなのは、「著作権を譲渡する」と言うだけだと、支分権のうち27条と28条が除外されると言うことでしょう。翻訳・翻案権と2次著作物に関する原著作者の権利、という権利はただ単に「著作権を譲渡する」と言うだけでは譲渡されず、具体的に「翻案権を譲渡する権利に含む」など明示する必要があります。

2-3-1 それでいいのか著作権

さて、上記のように、著作者人格権は行使しない約束をし、著作権は譲渡する約束をすれば、著作物について著作者から何か言われることはなくなります。しかし、本当にそれでいいのでしょうか?
と言うのも、著作者人格権を行使しない約束をして、著作権を譲渡すれば、著作者は自分の作品に対して何も言うことが出来なくなってしまいます。
もちろん、それは本人がそれに同意しているからいいではないか、と言うことも言うことは出来ます。法律上はそのような論理でこのようなことが認められている、と言うことになるのです。
しかし、たとえば詰パラが投稿規程にそれを示せば、将棋世界やスマホ詰パラがそういうことを行えば、著作権の譲渡を望まない作家は多くの発表の場を失うことになります。
このことについて、全く考えないわけにはいかないでしょう。

2-3-2 著作者人格権不行使条項について

著作者人格権は譲渡が出来ないと言うことは、それら権利を著作者に残しておかねばならない、と法律が判断したということになる、というのが素直な考え方です。
それを不行使にすること自体が、本人の事由であると言うのが法律上の建前だとしても、それを何らかの約束で予め、将来にわたって縛ることは果たして許されるのでしょうか。
しかし、これが難しい問題で、法律の解釈が定まっているとは言いがたいのが現状です。将来、これは許されないと判断されてしまえば、このテクニックは使えなくなります。許されない可能性も十分に残っていますね。
また、逆に、許される場合には、やはり著作者の保護はされないのだろうか、と言う問題が出てきます。
法律では「公序良俗に反してはならない」とか「権利の濫用は許されない」と言った抽象的一般的な規定があります。そして注目のポイントはまさにここにあると思われるのです。
つまり、仮に著作者人格権不行使条項が認められるとしても、それでもなお、極端に著作者の権利を制限するようなやり方をした場合には、それは「公序良俗違反」や「権利濫用」で認められないと言うことがありうるのです。
そうすると、著作者人格権不行使条項も、仮に使うとしても、決して万能なのではなく、著作者の保護も最低限図られると言うことになるわけです。

2-3-3 著作権譲渡条項について

著作権を譲渡すると言うことは、著作者に著作権が残らないと言うことを意味します。
たとえば複製権を譲渡すれば、作者であっても自分の作品をコピーすることが出来なくなります。
これは何を意味するかと言うと、たとえば詰将棋の場合には、自分の作品集を出すことが出来ない、と言った場合を生む可能性がある、と言うことになるのです。
もちろん、そういう形で著作権を利用する可能性を認めているのが法律なので、そのような利用の仕方をすること自体はなんら問題はありません。
しかし、そのように著作者から著作権を奪ってしまうようなやり方は好ましくない場合もあるでしょう。その場合にはどのようなやり方があるのでしょうか。

一例としては、一定の著作権について利用を許諾する権限を付与すると言ったライセンス条項と言うのが考えられます。
たとえば、詰パラ等の投稿規程に、「好作選等の作品集に掲載する場合に複製を編集部において許諾することを認める」と言った条項を入れると言うような形です。必要な範囲で必要なだけライセンスをすると言うことを考えるというやり方は一つの方法でしょう。

ここで一つ重要なのは、著作権等管理事業法と言う法律が存在していまして、著作権を何らかの形で業として管理する場合には、文化庁に登録が必要になる場合が存在すると言うことです。ライセンス条項を考える(著作権譲渡の場合でも確認しておかなければなりませんが)場合には、この著作権等管理事業法についても注意する必要がある、というのは念頭におく必要があるでしょう。こちらのページでフローチャートを確認すれば一通り大丈夫かどうかの確認は出来るでしょう。

3.法律を守ればそれでいいのか

では、次に法律を守ったら後はどうでもいいのか、と言うことになります。
これは法律上の問題をクリアすれば、国家権力によって強制的にあれこれされるのを防ぐことが出来るので、一安心なのは間違いありません。
「うちの村では人の家から勝手にものを持って帰ってもいい」は窃盗罪になるから許されなくても、「集積場を作ってそこでやり取りすればいい」にすれば法律上の問題にはならない、と言うのはすでに例示しました。
しかし、これまでしてきた著作権の話は、「いかに著作者の持つ法律上の権利を制限し、あるいは権利行使を回避するか」に焦点を絞った対策でした。これは「うちの村のルール」に合わせたやり方ではなく、単に「お前に認められた法律上の権利を無効化するぜ」というある種暴力的なやり方であることは間違いありません。
法律はこれを認めているのです。そうすると問題は、暴力的なやり方で相手の権利を無効化するというのがその業界において認められるかどうか、という話になるわけです。
あくまでも法律で出来ることという範囲の話として、問題を回避するだけならこれでいい、という話をしたに過ぎません。
作品の作者に対して一定の保障をすべきであると考えるのであれば、ポジティブリストを作る、運用において無制限に著作権の無効化を活用せず、可能な限り作者の意思を尊重するルール作りを行う、などのやり方は当然に考えられると言うところになります。
作品の不備を修正したいと言った場合には、「発表する前にちゃんとチェックすべき」と言った倫理観もありうるところですが、不備がなくても「作品を自分のコントロール下に置きたいし、勝手に作品集に入れるなんて言語道断だ」という価値観だってあると思います。
そこに対して、法的な権利問題を解消しているのだから、多様な意見は排除する、として作者の意見を無視して作品集等に用いることが果たして良いことなのか、これは難しい問題だと言えます。もちろん、法的な問題をクリアしていたら、国家権力に強制されることがないので、無視しても何ら問題にはならないでしょう。個々人の人間関係が悪化するくらいです。
しかし、それが横行することになれば、その業界はそのようなことを自由にしてもいいのだ、と言う人しか流入しなくなる可能性があります。それで果たしていいのだろうか、と言うのが個人的に憂慮する問題です。

ある方は「(現実的に連絡を取ることが出来ない作家がいるが)出来ないからと言って、無視していい、何もしていいのか」と言う話に「そうではない」としながらも、「(連絡を取ることを前提にしていたら)結果的に『理想の作品集』にならない」と言いました。
連絡を取ることを前提にしていたら、理想の作品集にならない、というのであれば、これは理想の作品集を作るには、作者に連絡を取らなくてもかまわない、ということを意味します。論理的な対偶関係から言えることです。
にもかかわらず、「出来ないからと言って無視していいのか」というのには「そうではない」と言う。論理矛盾です。

現実的には困難であることは間違いありませんし、そこでどう折り合いをつけていくのかと言うのは非常に難しい問題です。
しかし、著作権の切れた小説、音楽などが出版されることになり、一時的に流通量が増えることが現実にもしばしば起こっていることであり、このような問題を正面から考えている業界では、この「連絡できないならやらない」と言うことはむしろ一般的に行われていることです。
それを、「その程度の理想」などと村の論理で議論するのは一向に構いません。しかし、それがいかに法的に、あるいは文芸美術の界隈から見て奇異なことであるのか、と言うのは直視すべき問題ではないでしょうか。
コミケ等の同人界隈も、著作権に関しては黙認によって成り立っているところが多々ありますが、しかしそれでも「商業ベースでやらない」という線引きがあるとも言います(というか商業マターになった場合、権利者が動く場合が多い)。
しかし、詰将棋界はこれが商業ベースで行われると言う状況にあります。これが本当に、「法律馬鹿が何か言ってるぞ、邪魔臭いなぁ」「実情も知らんやつが口だけ達者で、言うだけ番長だね」と言う話なのか、私は違うと思います。
スポンサーサイト

comment

[62]

「法律馬鹿が何か言ってるぞ、邪魔臭いなぁ」「実情も知らんやつが口だけ達者で、言うだけ番長だね」
カギ括弧内は正確に引用しなきゃダメでしょう。

[63] Re: タイトルなし

> 「法律馬鹿が何か言ってるぞ、邪魔臭いなぁ」「実情も知らんやつが口だけ達者で、言うだけ番長だね」
> カギ括弧内は正確に引用しなきゃダメでしょう。

強調のためのカギ括弧です、引用ではありません。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://watakusimi.blog64.fc2.com/tb.php/168-1583e4c1

 | ~home~ | 

プロフィール

結城 桃燈

Author:結城 桃燈
FC2ブログへようこそ!


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


ブログ内検索


RSSフィード


リンク

このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。