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著作権と詰将棋:著作権の制限や他の分野について

前に、著作権と詰将棋において、著作権のざっくりとした解説と、それを詰将棋に当てはめた場合にどうなるかについて解説をしました。
しかし、前のブログ記事でも書いたように「複製権にはさまざまな例外がある」と言ったような部分、即ち著作権にはいくつもの制限が存在していると言う点については解説していませんでした。
そこで、今回の記事では、それら著作権に付属する制限について説明するとともに、その流れで、判例を見ていき、他の分野では著作権がどのように活用されているかを見ていこうと思います。

1.著作権の制限とは

著作権の制限とは一体どういうことなのでしょう。
一つの例で考えてみると分かりやすいと思います。
このブログでは詰将棋との関係で著作権を取り上げていますので、詰将棋を例にしましょう。

例:あなたはある雑誌に掲載された詰将棋を、盤に並べて手順を鑑賞しました。

とても単純な例ですが、これが著作権法との関係ではどのような問題が生じるでしょうか。
前のブログ記事の知識を基に考えると、これは「複製権」の問題であることが分かります。
つまり、雑誌に載っている著作物たる詰将棋※を、自らの盤に複製して表現しなおした、と言うことになるわけです。
※なお、前の記事で書いた詰将棋は「図面、変化紛れなどを総合してみた場合には表現として認められると考えて良い」ということを前提としています。
しかしながら、このようなことを複製権の侵害に当たるとして、著作者の権利侵害の主張を認めてしまうことは妥当ではありません。
前の記事にも書きましたが、著作権法は「文化の発展」のために存在しているのであり、著作権によって文化はむしろ守られるというのが法律の建前となっており、このような複製行為を権利侵害としてしまうのは、文化の発展に全く寄与しない過度な制限になり、法の趣旨に反することになります。
そこで、このような問題を法律はどう考えるか、ということになりますが、簡単に言えば「著作権侵害に該当しないことにする」ということになります。
これが、「著作権の制限」になるのです。

2.著作権の制限の内容
2-1 総論
著作権の制限と言っても、具体的にはどのようなことが認められているのでしょうか。
これについても、著作権が支分権と言う形で細かく規定されていたように、著作権の制限も著作権法30条から49条までに細かく規定されています。
ここで一つポイントなのは、いわゆる「フェアユース」の規定は日本の著作権法には存在しないと言うことです。
フェアユースとは、アメリカの著作権法などで認められている著作権の制限規定であり、他の条文で認められているような著作権の制限に当たらない場合でも、妥当な著作物の使用行為を認めようという規定のことを言います。
法律が予定しておらず、そのために形式的に著作権侵害になってしまう場合でも、その行為を権利侵害にしてしまうのはおかしいよねと言う場合に備えて、それを救済する、と言う考え方に基づきます。
ポイントなのは、日本の著作権法はこのような規定を設けておりません。
法改正の機会に、フェアユースの導入が検討されましたが、著作権の制限の規定をより一般的網羅的にするに留まり、フェアユースの導入は見送られたと言う経緯もあって、日本においてはフェアユースの主張は認められない、と言うのが判例学説の大勢になります。
これはつまり、著作権法30条から49条にあたるもの以外では、各種支分権に抵触する行為は全て著作権侵害にあたると言うことを意味します。

このブログでは、著作権法30条の「私的使用のための複製」と32条の「引用」について解説しようと思います。

2-2 私的使用のための複製

著作権法30条は以下のような条文になっています。

第三十条  著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。

この条文は一般に以下の2点がポイントとなります。

1.複製の目的が私的使用である
2.複製の主体が私的使用をする者である

まず一つ目の目的が私的使用という点ですが、条文のとおり、範囲の問題と言えます。
個人や家庭内、またはそれに準ずる限られた範囲内というのは、人数が少なく、それぞれの人間に個人的な結合関係が存在することが前提となります。
少数の友人との間の貸し借りにおいてコピーをする場合などはOKかな、という形でしょうか。
二つ目の複製の主体が私的使用をする者というのはそのままで分かると思います。

著作物の私的使用の場合、より注目すべきは、「次に掲げる場合を除き」と言う一文でしょう。
一定の条件の下では、私的使用に当たるような複製行為でも、著作権の侵害になるので注意が必要です。

一つ目が、文書・図画を複製するためのもの以外の複製機で、公共の利用に供することを目的に設置されている複製機を使う場合です。
「文書・図画を複製するためのもの以外」という条件が入っているのは、コンビニ等のコピー機でのコピーを除外するためです。附則の5条の2で経過措置としての条項で、いずれコンビニでのコピーも著作権侵害になる可能性はあります。今はコンビニコピーは私的使用である限り大丈夫と言うことになります。
要するに、音楽とか映像作品とかを複製するための機械でのコピーが禁止されているのですね。そういうコピー機がどういったところに設置されているのかは私は知りませんが、たとえば図書館のような場所でそういう機械があったとしても、著作物を持ち込んでコピーしてはダメということになります。

二つ目が、技術的保護手段を回避するような場合。要するにコピープロテクトを突破する場合です。ポイントなのは、コピーガードを外した段階で違法になるような場合もあると言うところです。
これ自体、私はどうかと思うところはあったりします。コピーガードの仕組みを駆使すれば、きわめて複製が困難になる状況を技術的には可能ですし、データの入った媒体が壊れたらそれでおしまい、バックアップも無理です、という状況を生みうる方式なのは間違いありません。
そうすると果たしてこれが文化の発展に寄与するのか、と言うのは一つ考察すべきポイントではあると思います。
一方で近年のデジタル社会においては、デッドコピーがきわめて容易になり、海賊版の流通が著作者の権利を重大な形で侵害することもしばしば起こっています。それを考えると、このような保護が必要である、と言う理屈も当然に成り立つわけです。
これらのバランスを考えると、結局のところ制度をどう活用するか、によってバランスを保つと言うことになるのだとは思いますが、技術的保護手段の施された著作物は、いかなる事情があってもコピーしたら違法、と言うことになるので、使いにくい制度になっている、と言う側面があると思います。海賊版対策にプロテクトをかけたいけれど、個人が楽しむ分には許可したい、と言う場合は著作者の黙認によるしかない、というのはなんとも据わりが悪い気がします。

脱線しました。閑話休題。三つ目がざっくり言ってしまえば、違法アップロードされたものをダウンロードする行為です。これは「録音録画」がダメと言うことになっているので、音楽や動画が対象になります。
また、ブラウザのキャッシュにどうしても入ってしまうような場面については、別の条文で許容されています。
つまりはまぁ、確定的に保存する意思で、違法なものを保存した場合はダメ、ということですね。
上述した、詰将棋を盤に並べて鑑賞する行為は、この私的使用の複製に当たるということができるので、複製権の侵害にはならない、と考えることが出来るでしょう。

2-3-1 引用:概説

次に解説するのは引用。著作権法32条は以下のような文面になっています。

第三十二条  公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

条文の構造から、著作権法上認められる引用は以下のことが整理できることになります。

1.引用で利用する著作物は公表された著作物であること
2.引用であること
3.公正な慣行に合致する引用であること
4.引用の目的上正当な範囲内で行われること

ここで問題となるのは、「公正な慣行って何?」と言う点と「正当な範囲内とは?」という点になります。
しかし、これを何の手がかりもなしに、考えるのは難しいため、裁判においてどのような判断がされているのかを参考にするのがよいということになります。

2-3-2 引用:判例

引用に関して、チェックしておきたい判例は結構数が存在します。それらを網羅的にみてみましょう。
また、扱う判例はすべて含まれているこちらの判例解説もみてみると面白いと思います。
なお、この項目では判例の紹介に重点を置き、解説は次の項目で行いますので、読むのが面倒でしたら飛ばしてもかまわないと思います。

1.最高裁判決昭和55年3月28日 パロディ・モンタージュ事件

この裁判では、写真作品を利用して合成写真を作る、モンタージュ作品を作り、作品集や週刊誌に掲載したことが、著作権侵害に当たるのではないかと言うことで争われたものです。
この判例では、引用について以下のように判示しています。

「引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で事故の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解するのが相当であるから、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならない」

なお、この判例では、モンタージュ作品については、合成写真であることからも、二つの著作物を明瞭に区別出来ないこと、また表現形式上従たるものとして引用されているということはできないとして、引用に当たらないことが判示されています。

2.知財高裁判決昭和60年10月17日 藤田嗣治事件

美術全集・論集のなかに藤田嗣治の絵画の複製物を許諾なく掲載した出版社を、著作権者が訴えた事件です。
この裁判では、上記最高裁判例の引用の条件を参考にしつつ、主従関係について以下のように判示しています。

「主従関係は、両著作物の関係を、引用の目的、両著作物のそれぞれの性質、内容及び分量並びに被引用著作物の採録の方法、態様などの諸点に亘って確定した事実関係に基づき、かつ、当該著作物が想定する読者の一般的観念に照らし、引用著作物が全体の中で主体性を保持し、被引用著作物が引用著作物の内容を補足説明し、あるいはその例証、参考資料を提供するなど引用著作物に対し付従的な性質を有しているに過ぎないと認められるかどうかを判断して決すべき」

なお、この判例では、この美術全集・論集が対象とする時代の洋画についての美術史としての書籍の性格を認めながらも、掲載された藤田嗣治の絵画について、論文の記述とは関係なく鑑賞の対象となる美術性に優れたものであるとして、論文に対する従たる性格のものではないとして、引用ではないと判断されています。

3.知財高裁平成22年10月13日判決 美術品鑑定書事件

絵画の鑑定書に縮小カラーコピーを添付し、パウチラミネート加工を施していたところ、この縮小コピーが著作権侵害にあたるのではないかと争われた事件です。
本判決では引用に関して以下のように判断されています。

「他人の著作物を引用して利用することが許されるためには、引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり、著作権法の上記目的をも念頭に置くと、引用としての利用に当たるか否かの判断においては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない」

そして、判決に際しては以下のように諸点を総合考慮しています。
・コピーを添付したのは鑑定書の鑑定対象である絵画を特定し、鑑定書の偽造を防ぐ目的がある
・上記目的のためには一般的に見ても、鑑定対象の絵画のコピーを添付することが確実であって、必要性・有用性も認められる
・著作物の鑑定業務が適正に行われることは、著作物の価値を高め、著作権者等の権利の保護を図ることにつながる
・上記要素から著作権法の規定する引用の目的に含まれる
・パウチラミネート加工によって、鑑定書とコピー部分を分離して利用されることは考えがたい
・本件鑑定書は絵画と所在を共にすることが想定されており、各絵画と別に流通することも考えがたい
・上記要素から、社会通念上、合理的な範囲内にとどまる
・コピーが美術書等に添付されて頒布された場合などとは異なり、著作権者が複製権を利用して経済的利益を得る機会が失われるなどと言うことも考えにくい
・以上より、著作権法上認められる引用と判断される

判例の考え方と法律の解釈

以上、3つの判例を紹介しました。これらの判例について、解説するとともに、著作権法との関係を考えていきます。
まず1つ目の判例ですが、これは最高裁判決でもあることから、先例としては重要度は高い判例です。
この判決では、引用であるためには引用する側と引用される側が明瞭に区別できるという「明瞭区別性」と、引用する側が主、引用される側が従という「主従関係」という二つの条件があることを示しました。
ポイントはこの判例が、著作権法が改正される前のものであり、現行の著作権法の文言との関係が不明瞭と言うことにあります。
2つ目の判例は、現行の著作権法になった後の判例であり、明瞭区別性と主従関係に基づいて判断がされたと言うことになります。
この判例のポイントは、主従関係を判断する方法を詳しくしたというところにあります。まぁ、判例にはかなりありがちなんですけれど、いろんなことを考慮して総合的に判断しよう、と言う感じになってしまうのもですね。
そして、この判例でも、公正な目的に合致することや引用の目的上正当な範囲内であることといった法律の文言との関係性も明らかにならなかった。
そして、最近の判例では、この明瞭区別性や主従関係を特に指摘しない判例が出てくるようになっています。代表的なものとしてあげたのが3つ目の判例。
これは法律の文言である公正な慣行や目的上正当な範囲内といった部分との整合性を重視した判例であるということが出来ます。
これら判例を考えると、明瞭区別性や主従関係が重視されていた時代から、法律の文言により忠実な解釈が中心になってくると言ったような変遷が見られます。
しかし、旧法下のものとはいえ、最高裁判決において示された明瞭区別性や主従関係が全く無視していいものかというと、これはよく分からないと言うことが出来ます。
現行法上は、先に示したように、「引用であること」「公正な慣行に合致すること」「目的上正当な範囲内であること」という内容を示していますが、学説では、このうち「引用であること」の判定に明瞭区別性や主従関係が重要になってくると言う考え方もあります。
いずれにせよ、明瞭区別性や主従関係については一要素として考えておいたほうが無難かもしれません。
その上で、判例で示されたような諸般の事情を考慮していくことになるでしょう。
美術品鑑定書事件では
・他人の著作物を利用する側の利用の目的
・その方法や態様
・利用される著作物の種類や性質
・当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度
が例示されていることが分かります。

3.詰将棋と著作権の制限

以上のように、著作権の制限のうち、私的使用と引用に関して一通り確認してみました。
とても難しかったと思います。私も書いていて、どうやってまとめたらいいのか、説明が難しいと思っていました。
ここからは、具体的な詰将棋における事例を見ながら、それが著作権法ではどのような扱いになるのか、と言うのを検討してみようと思います。

まずは、盤に並べる、と言う具体例ですが、これはすでに書いたように、私的使用の範囲内で間違いありませんから、複製権の侵害にはなりません。

では、全国大会はどうでしょうか。全国大会では、さまざまな場面で詰将棋がプロジェクターを通して映し出され、手順が再生されると言うことがありました。また、それに先立って印刷されたものが配布されています。これは形式的にみれば著作権法上の複製であることは間違いありません。
ではこれらは、複製権の侵害になるのでしょうか。
たとえば、前夜祭の「連合の研究」ではいくつもの作品がスクリーン上で再生されていました。これは形式上は複製に当たることは間違いありません。
しかしながら、連合の研究において、作品の紹介は、連合の理論分類における具体例として紹介されたものでした。
明瞭区別性は十分に認められるというところでしょう。主従関係は藤田嗣治事件をみると実は微妙かもしれません。
とはいえ、近年の判例の傾向を見ると、主従関係よりも公正な慣行や正当な範囲というものを考えると、分類研究において具体例を示すことは社会感覚としては妥当と言えるでしょう。
当該講義においては、作品の手順を最初から最後まで全部見せるシーンがいくらかあり、それが法的に見た場合には「正当な範囲」を超えていた可能性はあるかもしれないな、という懸念はあるものの、全体としてみた場合には、おそらく引用として認められるだろうというのが大体の感触ではないかと思います。
判例を見ていると、かなり厳しい判断がされているものもあるので、それを考えると、それでも油断ならない、とは言えるかもしれません。

他の場面はどうでしょうか。看寿賞解説やアマレン杯握り詰解説は作品紹介そのものが目的であり、これはおよそ引用とはいえないでしょう。複製権との関係性が問題となると言えます。
とはいえ、握り詰に関しては、全国大会で紹介され投票すると言う形式において投稿された作品ばかりであります。そう考えると、そもそも全国大会で複製利用することを許諾していなければおかしな話になります。
つまり、握り詰は著作権者が複製して良い、と言っていると考えられるわけです。
看寿賞解説はどうなるでしょうか。今回は作者が全員揃っており、解説の場でも誰も異を唱えなかったことからしても、黙認されている、と考えることが出来ます。また、全国大会において看寿賞作品が解説されるのは毎年の慣例であり、授賞時点で著作権者が何も言わない場合、黙示の承諾があると考えることが出来るかもしれません。

最後に

なんだか取り留めのない記事になってしまいましたが、私的使用や引用についてある程度把握できたのではないかと思います。
紹介した判例や、判例解説をしたリンク先の記事などを読むと分かると思いますが、引用と言うのは単に紹介ができるというものではなく、目的や正当な範囲といった条件を満たして初めて認められるものなのです。
リンク先にある判例の中には、チケットに印刷されたものも著作権侵害が認められるなど、著作権について争いになれば、権利者はかなりいろんなことが出来ることがわかると思います。
今年は、詰将棋界では有力なアンソロジーがいくつか出版されますが、これらが法的に見たときには、著作権者の黙認の上に成り立っているというのは疑いのない事実でしょう。
これは、誰かが、権利を主張して、異を唱えた瞬間に頓挫してしまう性格のものであることは疑う余地はないと思います。
このサイトの事例20に挙げられている判例のように、詰パラや将棋世界の出版元に著作権があると言うのは難しいでしょう。
著作権の許諾の問題については裁定制度というものもあり、誰かが訴えたら、制度の趣旨との関係でも、ほぼ間違いなく負けてしまいます。
現状の黙認文化に支えられている詰将棋界は、誰かが行動を起こした瞬間に崩壊してしまうのです。いつまでも、この問題に目を瞑っていてはいけない、と言うのが私の考えなのです。ちゃんと対策を立てて、堂々と胸を張って作品を使えるような環境を整備すべきではないのではないかと思います。
私の目から見ると、しばしば、著作権について誤った認識で発言する方は多いです。それは、著作権が法律上どのように規定されているかと言った知識や、どのように裁判で争われ、どのように問題になっているかと言った知識が不足しているからではないか、と個人的には思っています。
今回の記事と前の記事で、少しでも著作権の現状について理解を深めてくださったら、と切に願っているところであります。
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