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詰将棋ルール論:玉方の王手外し義務について

ルールの話をして何になるんだ、という趣旨の批判をしばしばいただきます。
何度も答えていますが

何にもなりませんし、どうしようとも思っていません

世の中には、何か目的がなければ人は行動しないと思っている人がいるようですが、別に意味がなくてもいいと思いますよ(゜゜?
「何の意味が」とか言い出してしまいますと、詰将棋創作なんて何の意味もないんだからその情熱をもっと意義のあることに使いなさいとか言い出す人、出てくると思いますし、そんなこと言い出す人には当然NOと言うでしょう。
詰将棋を「作る」「解く」「鑑賞する」以外の楽しみ方をしているだけです。無益かどうかは自分で決めます。楽しければ十分有益だ。
というわけで、今回のルール論は、誰がどう見ても結論なんて分かりきっている問題を理論的に追及してみようと思います。

本家詰パラのホームページをみていると以下のような一文が入っています。


4)また、玉方は必ず王手をはずさなければなりません。


……ん(゜゜??
これはなんだ?
冷静になって考えてみよう。

そもそも王手放置は反則ではないか!?

そうなのだ、詰将棋のルール以前に、指将棋において、王手は外さなくてはならない。
詰将棋のルールは特に規定のない限り指将棋のルールが使われるのであるから、この王手外し義務の規定、一見不要なのだ。
じゃぁ、この規定はなんなのか。仮に調べてみたが、意外とこの規定を書いているホームページは少ない。ググッて上位に来るサイトを2~3見てみたが一つもなかった。
ちなみにハンドブックシリーズにも書かれていない。

ではこの規定は一体なんなのだ?
理論的な、気取った形でこれを解釈するとどんな可能性があるだろうか。思いつくのは二つである。


・ただの確認規定にすぎず、何の意味もない(確認規定説)

・詰将棋独自のルール(独自ルール説)


いやもうね、実際のところ「確認規定説」しかありえないんですよ。結論でてるんです。
でも、考えてみましょう。考えることが楽しいから。あり得なくても、可能性を考えるだけで良いんです。あらゆる可能性を整理して分類すること、この研究過程そのものが楽しいのだから。万が一にも新発見が生まれれば最高である。今回に限ってはありえないけど!


確認規定説は簡単です。そうなんです、指将棋のルールである王手放置の禁手を念のために書いてある、ただそれだけだと考えるわけです。


では独自ルール説とは?「王手放置の禁手を詰将棋のルールから除外して、独自に王手外し義務を導入した」と考えるわけです。
そんなことをして何の意味があるのかって?
王手放置が禁手じゃないのだから、双玉問題において攻方玉に王手がかかっても放置していい事になるわけです。
わぁお、双玉問題に新境地が生み出されてしまいますね。
どう考えても不採用です。誰もそんな風に考えていません。
でもフェアリーならアリかもしれません。玉をただの駒として扱ってもよい、となれば、どんな手筋が生まれるんでしょうか?

私なんかはこういうの考えるのが楽しいのでやってるだけで、基礎研究的な、そういう立ち位置でいいのかなって思います。
ただまぁ、この理論考察から見えてくることもあるとは思います。
今回みたいに誰がどう見ても結論が決まっているような問題のとき、他の間違った解釈をされないようにするにはどうするかと言うのを考えるヒントになりますね。
たぶん詰パラのホームページにあるこの文言は、削除するか、王手放置が指将棋において反則であること明示するかのどっちかがいいんだろうっていう「理論応用」ができるんでしょうね。
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comment

[50] 独自ルール説を支持します

日本将棋連盟は王手放置を反則としていますが、それは独自のルールであり、自明なルールではないからです。
たとえば縁台将棋で王手放置に双方気づかぬまま続けることはたまにあります。その場合、対局後に気づいても勝敗が覆る保証はありません。
将棋の目的は相手の玉を詰めることでなく取ること(これは連盟ルールでもおなじ)。王手放置について解答者が必ずしも連盟ルールに従わないことを想定して書かれた事項だと考えることができます。

[51] Re: 独自ルール説を支持します

レスありがとうございます。
いくつか気になる点がありますので、返信させていただきます。

> たとえば縁台将棋で王手放置に双方気づかぬまま続けることはたまにあります。その場合、対局後に気づいても勝敗が覆る保証はありません。

この部分ですが、将棋連盟の対局規定でも、「反則があった場合はその時点で負け。ただし、両者が気付かずに終局まで行った場合には投了を優先する」という形でして、王手放置に双方が気付かない場合も含めて規定されております。
この点は、日本アマチュア将棋連盟の大会ルールにおいても同様でして、対局後に気付いたとしても勝敗は覆らない、というのが将棋のルールにおける原則と考えて良いと思います。
なお、対局中であった場合には、反則の指摘があった時点で、反則の局面に戻って勝敗が決まるというルールになっています。アマ連の規定はこの点はちょっと不明ですが、同様だと思われます。(例えば二歩禁について、高橋・安用寺戦で、13手後に気付いて決着ということがプロでもあります)

このことからすると、「アマチュアが王手放置に気付かずにそのまま指し続けることがあること」を理由に王手放置の禁を連盟の独自ルールだと考えるのは少々苦しいかと思いますが、どうでしょうか。

また、
>将棋の目的は相手の玉を詰めることでなく取ること(これは連盟ルールでもおなじ)。

とありますが、明確に「玉を取る」ことを終局条件として掲げている規定は見たことはないです。
私の理解では、将棋の終局条件は、投了・千日手・反則・入玉宣言法の4つなのではないかと思っています(「詰み」も終局条件の一つかもしれません)。


ところで、独自ルール説の場合、王手外し義務は基本的に「玉方は」という主語になっていますが、双玉における攻方玉はどうなると考えているのでしょうか?

[52]

議論の展開が楽しみです。
一点、双玉に関してですが、「玉方」の方を改めるべき、と考えています。
「受方」でどちらも問題ないはずです。

[53] Re: タイトルなし

>小林尚樹さん

よく分からないのですけど、「玉方」と「受方」って別の意味の用語なんですか?
私は同じ意味の用語だと思ってたんですけど、この二つを区別している文献(書籍・ホームページなど)ってあります?
私のブログでは、この二つは全く区別せずにそのときの気分でどっちも書いているので、もし、用語の意味に明確な違いがあるのなら訂正しないといけないと思うので、よろしくお願いします。

[54]

用語上の違いは不明ですが、TETSUさんの規約では「受方」として定義されてました。
これなら双玉でも困らないなぁと。
何か見つけましたら報告します。

[55] Re: タイトルなし

詰パラのHP上では

>後手(以下、玉方)

となっており、詰将棋おもちゃ箱では

>後手(受方といいます)

なので、少なくともTETSUさんの規約における「受方」は詰パラHP上の「玉方」と同じだと思います。

[56]

そうですね。綿貫規約でも類語同義語になっていました。ごめんなさい。

[57] 連盟規定の適用範囲

>将棋連盟の対局規定でも、「反則があった場合はその時点で負け。ただし、両者が気付かずに終局まで行った場合には投了を優先する」…

ただし書きは大会運営等を考慮した措置で、本来は即負けであるという趣旨だと思います。いっぽう縁台将棋なら王手放置を指摘されても即負けとせず、指し手を直して決着をつけるのが普通でしょう。
解答者には、プロ・アマ連盟規定の当然の適用を求めるべきでなく、ルールを改めて決めて示す必要があります。


>将棋の終局条件は、投了・千日手・反則・入玉宣言法の4つ…

ですから、それは「将棋の」でなく「連盟式の」終局条件であって、将棋ファン全体に適用されるものではありません。
連盟支部に属さない(大多数の)ファンは入玉の場合に点数を数えたりしません。点数を根拠に勝ちを宣言したら怒られます。

[58] Re: 連盟規定の適用範囲

>小林尚樹さん

私も間違えることがあると思いますので、お互い様、ということでいいと思います^^

>不透明人間さん

「指し手を直して決着をつける」というのは「待った」に該当するものだと私は思っています。
そして、この「待った」に関しては一般論としても将棋においては認められている行為ではない、と認識しています。
縁台将棋に代表される友人・知人間において、指し手を戻すのは、単に互いに合意が形成されるからに過ぎず、ルールとして「待った」が認められているのとは違うのではないでしょうか?
要するに、私は縁台将棋のような場面でも、反則は即負けが本来のルールだと思っています。


「それは「将棋の」でなく「連盟式の」終局条件」についてですが、終局条件については私が自分自身で将棋のルールについて考察していく中で得た結論でして、連盟式の終局条件と一致するかどうかは不明です。連盟の対局規定においては「詰み」がどのように扱われているのかが分からないため、私の考え方と連盟の対局規定が一致するかどうかが分からないのです。
また、入玉については24点法を用いることは私が将棋を覚えた小学生の頃から私の知識の中にありました。当時私はプロというものを知らず、将棋大会とも縁がない状態でしたし、小学校の教室の中にあった将棋の入門書に書かれているレベルでしたので、大多数のファンが入玉の場合に点数を数えないというのは、少なくとも私の実感とは一致しません。


なお、将棋のルールについて明文化した規定というのは存在していないと思われます。連盟の規定もあくまで「対局規定」でしかなく、将棋のルールを規定したとまではいえないと考えています。
しかし、それでもプロの組織が用いている規定は、全体への影響力はあると思います。例えば、現在の千日手は「同一手順3回」ではなく「同一局面4回」が一般的なルールになっていると思います。この意味で、連盟の規定は参照する価値はあると思います。
参照した上で、将棋のルールを分析して、詰将棋のルールとの関係性を見て行けばいいのではないでしょうか。


この意味で、私は確かに連盟の規定を参照して議論をしていますが、上述の通り、王手放置の反則については一般的な将棋のルールになっていると考えています。もし、王手放置の反則は一般的なルールではなく、局面を戻して指し継ぐのが普通である、とするならば、それは「待った」が将棋のルールの中で一般的に許容されていることになると思いますが、そう考えているということなのでしょうか。

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