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日記的空間

主に、私見のために使用するスペースです。 所々、日記的に気ままに書いたりと、アトランダムな使用をしていきます。

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せっかくなので集団的自衛権も考えてみる

前回、ちょっと真面目に憲法9条について考えてみました。
安保法案について今まさに佳境に入っていますし、そもそも集団的自衛権ってなんなのかってのも考えておかないとな、と思い記事にしてみます。

とはいえ、私は、憲法のときとは違って、集団的自衛権については参照可能な書籍を持ち合わせておりません。
なんと言っても私は「国際法なんて興味ねぇよ」という、とってもやる気のないスタンスを採っておりまして、全然勉強したことがないのです。
そんなわけでWikipediaの「集団的自衛権」という項目と、そこで挙げられている「ニカラグア事件判決」を読みながら、勉強してみようと思います。


1.集団的自衛権って何?


集団的自衛権という言葉が始めて登場したのは、国連憲章第51条である、と言うのはどうやら間違いがなさそうである。
その国連憲章第51条においては、国家の固有の権利として規定されており、それが国連憲章上に明記されることとなったのには「国連憲章第53条において、加盟国が地域的取極に基いて強制行動を取るためには安全保障理事会の許可を得なければならない旨が定められたことに対して、ラテンアメリカ諸国が強い反発を見せたことがあるとされている」とある。
詳しいことは分からないが、http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/200901_696/069604.pdfによると、大国の拒否権によって安全保障理事会が機能しなかったときに、中小国が一致団結することを認めてくれないと、不当な侵略に対応できない、という危機感を由来とするようだ。

ともあれ、「ある国家が武力攻撃を受けた場合に直接に攻撃を受けていない第三国が協力して共同で防衛を行う国際法上の権利である。その本質は、直接に攻撃を受けている他国を援助し、これと共同で武力攻撃に対処するというところにある」というWikipediaの冒頭文にあるように、

・他国が攻撃されている
・それを助ける

ということを内容とする「権利」だと言うことらしい。


2.集団的自衛権の中身とは


とはいえ、「権利」と言っても無条件に行使できるわけではない。
例えば、あなたが100円のお菓子を買おうと言う場面を想定してみると分かりやすい。
あなたは、そのお菓子を買う権利を持っている。しかし、その権利を行使するためには「100円を払う」という条件を満たさなくてはならない。
このように、「権利」というものはいつでも「無条件に」行使できるとは限らないのだ。
すなわち、集団的自衛権とは「何ができる権利」なのか、そして「どのような条件を満たす必要があるのか」、この2点は必ず確認しなければならないと言うことが分かる。


この「何ができる権利」なのかについては、どこを読んでもよく分からない、と言う感触がある。
とはいえ、他国を防衛すると言う権利なのですから、当該他国が行使できる個別的自衛権の範囲を超えて防衛することは許されないと思います。
要するに、攻撃を受けてる国を助けるのに必要な限度でしか行使できない。当たり前かもしれませんが、香考える必要があると思います。


では、次に「どのような条件を満たす必要があるのか」と言う点を見てみましょう。


これについては、ニカラグア事件判決と言う、とても参考になる判決が存在しているのでありがたいですね。
ニカラグア事件判決に関するWikipediaの記事を参考にすると、

正規軍による越境軍事攻撃、それに匹敵するほどの武力行為を行う武装集団等の派遣・援助等という「最も重大な形態の武力の行使」があったときに、被害国が「個別的自衛権・集団的自衛権」を行使することができる

という前提に立つ。
その上で、「武力攻撃の犠牲国が自ら犠牲となった旨を宣言せず、なおかつ集団的自衛権を行使する国に対して犠牲国が援助要請をしていない場合に、集団的自衛権行使を容認する規則は慣習国際法上存在しない」としている。

これを分かりやすく言うと、以下のようになる。

A国:武力攻撃を受けている国
B国:武力攻撃をしている国
C国:A国を助けるために集団的自衛権を行使しようとする国

という3つの国があるとき、

1.B国がA国に対して攻撃を始める
2.A国はB国から受けた攻撃のために「個別的自衛権」を行使して防衛行動をとることが許される状態になる
3.A国がC国に対して「B国から攻撃されている、助けてくれ」と援助を要請する
4.C国がA国の要請に応じて、集団的自衛権を行使することができるようになる

と言う形である。
まず第一にA国に当たる国家が「個別的自衛権を行使できる状態になっている」必要がある
そして、A国がC国に対して「助けてくれ!」という明確な意思表示をしている
この二つの条件を満たして初めて、C国は集団的自衛権を行使できる、と言うのがニカラグア事件判決で明らかになったと言うことである。

Wikipediaの集団的自衛権の項目ではこれに加えて、「第三国の実体的利益に対する侵害が存在するか否かという点を要件とするかについては現在も意見の相違がある。つまり、第三国の実体的利益に対する侵害が集団的自衛権行使の要件として必要とする立場では第三国も攻撃を受けた国と同様に単独で個別的自衛権を行使できる場合にしか集団的自衛権行使は認められないとするのに対し、第三国の実体的利益に対する侵害が要件として不要とする立場では集団的自衛権は攻撃を受けた国の武力が不十分である場合に国際平和と安全のため行使される共同防衛の権利であり、第三国の実体的利益への侵害は無関係であるとする」という議論がされている。

これを分かりやすく言うと、

C国が集団的自衛権を行使するためにはC国自身が個別的自衛権の行使ができるという状況にある必要があるのではないか、と言う議論である。
ちょっと分かりにくいと思われるが、例えば、B国が軍拡路線を突き進んでいて、A国を攻撃する前に既にD国を占領下においていて、B国が占領されればそのままC国が攻撃されると言うことが明白な状況、といった第二次世界大戦のような状況で、C国自身がC国を防衛することと、A国を防衛することがほぼ同視できるような場合になって初めて集団的自衛権を行使できる、という考え方があるということである。

ここまで来ると、「個別的自衛権」を行使してC国は防衛行動ができるはずであるので、何故、このような条件を加えるのかはよく分からない。
当然、この議論に対しては、それは「個別的自衛権」の問題に過ぎず、集団的自衛権に条件を付加するのはおかしい、と言う反論があるわけですね。


まとめると、
・A国が「個別的自衛権」を行使できる状況にある
・A国がC国に「助けて!」と援助要請を出している
(・C国も「個別的自衛権」を行使できる状況にある)
という2つないし3つの条件を満たしたときに、集団的自衛権は行使できる、ということになることが分かります。


3.安保関連法案を読んでみる


そんなわけで、渦中の安保関連法案を読んでみましょう。
http://www.jiji.com/jc/v?p=houan201505a-05

存立危機事態に対処する、これが集団的自衛権に関する法律、と言うことになっています。
存立危機事態という言葉の定義は

この法律において「存立危機事態」とは、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいうものとすること。

となっています。
よく読むと、とても不思議なことが分かります。

集団的自衛権行使の条件であるはずの「第三国からの援助要請」の項目がないのです。
このことは、前回の記事でも引用した木村准教授も指摘していますね。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150616-00000008-wordleaf-pol&p=3

その代わり、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態をいうもの」というC国が個別的自衛権の行使ができる状況にある、という条件に対応すると思われる文言が挟まっています。

これを、冷静に観察してみると、「この条文を根拠に集団的自衛権の行使は不可能」である。
木村准教授は「そんな『まさか』を想定したくなる」と言っているが、何のことはない、普通に考えたら、この条文では「個別的自衛権しか行使できない」はずである。

ここで木村准教授に対する批判を展開するとすれば、その論理展開のおかしさを挙げることになろう。
木村准教授は「集団的自衛権の行使は違憲」と断言しているが「個別的自衛権は合憲」と解釈できるという立場を採っている。
「今回の法案で集団的自衛権の行使を可能にすることには無理がある」と言うところまで指摘しているのであれば、少なくとも、今回の法案そのものは合憲と解釈するほかないはずである。
もちろん、「であるならば何故集団的自衛権の行使という看板を掲げるのか」とか「合憲と言っても法案の内容については一国民として反対である」という意見であれば、何の問題もない。

http://legalnews.jp/2015/08/03/makoto_ooisi/大石眞教授がこの記事でも指摘しているように、「『この議論には決着がついた』という一部の学者の言い切り方には疑問が残る。こうした言論が世論に与える影響はかなり大きく、『憲法学者があそこまで言うのだから、当然に違憲だろう』という認識が形成されていることは否定できない」という指摘はとても重大な問題提起だ。

前回の記事でも書いたが、学者と言う立場において、断言することについての影響力と言うものを軽視してはならない。


4.まとめ

集団的自衛権とはなんなのか、今回の法案が集団的自衛権行使容認しているかどうか、それ故違憲かどうかというのには、上記のような知識を少なくとも前提とする、と言うことを知っていただきたい、と思います。
その上で、法案に対する賛成反対を考えたら良いと思うのです。

私自身は「この法案は合憲だし、賛成でもある」という立場ですが、仮にこの記事を読んだあなたが「この法案には反対である」という意見であっても、表現の自由によってその意見は保障されており、私はその主張をするあなたの権利を全力で守ろうという、誰だったかの名言で〆させていただきます。
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