FC2ブログ
admin⇒

日記的空間

主に、私見のために使用するスペースです。 所々、日記的に気ままに書いたりと、アトランダムな使用をしていきます。

 | ~home~ | 

将棋あれこれ

あんまりにもブログを放置しすぎな私です。
お久しぶりです。

まぁ、こんな閑散としたブログを放置したところで、とやかく文句を言う人もおりませんが…^^;
いろんなことに失敗して精神的には参った感じですが、それはともかく、タイトル通り将棋の話題をば。

とりあえず手始めに、プロの将棋の話題で言いますと、今年度は羽生2冠の名人失陥から始まりましたね。
19連覇していた王座戦でも失陥し、不調説も流れたところでしたが、結局ほぼ7割の勝率を上げ、タイトルこそ2冠に終わりましたが、NHK杯や朝日杯、日本シリーズと達人戦でも優勝する活躍でしたし、順位戦全勝と輝かしいばかりでした。
羽生2冠だけでなく、竜王戦では丸山9段が挑戦し、王将戦は佐藤9段が、棋王戦は郷田9段が奪取するなど羽生世代と呼ばれる人たちの活躍が目立った年だったといえそうです。
しかしながら、一方で同じ羽生世代でも森内名人は年間勝率3割台という、名人在位中の最低記録を決めたり、丸山9段のA級陥落、藤井9段が2期連続で降級するなど、活躍とは逆の方向で話題になった人もいました。
佐藤王将にしても現段階で年度成績は1つ勝ち越しているだけとなっていて、往年の活躍から見ると影が差しているといえるのかもしれません。
そうやって見ると、郷田棋王の勝率6割3分はかなりの好成績なのでしょうね。その中で羽生2冠は殆ど7割の勝率を上げているわけですから、末恐ろしいものです。

一方で渡辺竜王が王座を奪取し2冠に輝き、3月に入るまでは年度勝率も8割を維持するなど目覚しい活躍でした。
しかし、これだけの活躍をしながらも、2つのタイトルを除いて、挑戦すらしていないというのが残念なところといえそうです。
今年度は歴代勝率記録のTOP10に中村太地5段がランクインすると考えられますが、タイトル戦や棋戦の数より年度負け数が少ないにもかかわらず、挑戦者決定戦にすら登場していないという不思議な記録と同様に、どうも印象に残りにくい活躍の仕方といえそうです。
当然ですが、これだけの高勝率を残すということは、特にタイトル保持者として各棋戦でシードされている渡辺竜王の実力が充実していることを物語っていますが、対局数で羽生2冠に10局以上離されているということは、タイトル戦等の番勝負やリーグ形式の決定戦の出場数が羽生2冠に比べ少ないことを物語っており、ひとえに評価し難いといったところでしょうか。
タイトル在位9期という数字は森内名人と並ぶもので、現状の実力で言えば、森内名人や佐藤王将といった、永世資格保持者をも上回っているかもしれませんが、年齢的に言えば今が一番勢いのある時期のはずである竜王の実力が、果たして羽生世代の人たちの全盛期と同じとか上とか言えるかはまだ分からないところでしょう。
何しろ、森内名人も佐藤王将もその全盛期は羽生2冠が大活躍していた時期と被ります。
タイトル在位期間だけで測るのは早計というものでしょう。竜王戦での安定感が他棋戦でも出てくるようになったとき、初めて名実共に森内名人や佐藤王将を超えたといえるのではないかと感じています。

ここ数年は羽生世代といえば羽生2冠の孤軍奮闘だったところ、今年はこれだけ活躍したのを見るにつけ、谷川9段がもう一花咲かせたら、さらに面白いんじゃないかなぁと思っています。

ところで、この数年はゴキゲン中飛車の流行から振り飛車の第一人者の久保9段が目覚しい活躍であったといえます。
しかし、今年も後半に入ってから対ゴキ中対策の超速37銀戦法が隆盛を極め、久保9段は年度の後半に8連敗し、保持していた棋王・王将、さらには順位戦A級からの陥落と、受難の年だったといえます。
順位戦では高橋9段が2勝で残留するという前例のない快挙を成し遂げた一因となりました。
4勝しながらも2度A級から陥落している深浦9段にとっては信じ難い光景かもしれませんね。
今年は藤井9段が角代わり四間飛車をやるようになるなどしていましたが、その藤井9段もB1から陥落し、振り飛車戦法もひとつの岐路に立っているのでしょう。
大山永世名人も若い頃は居飛車党であったことや、羽生世代も羽生、森内、佐藤は概ね居飛車のほうが多いことなどを見るところ、将棋の戦法としては居飛車が本流なのでしょうか?
いずれにしても、振り飛車がトッププロの世界では受難の時期を迎えているのであろうと思います。
藤井システム、ゴキゲン中飛車に続くような新しい工夫が出てくるのを待ちましょう、ということだろうと思っています。



さて、ここまで長々と今年のプロ棋戦の話題を続けてまいりましたが、果たして将棋とはいかなるゲームなのでしょうか。
私なりに考察してみようと思います。

将棋とは至極単純に言ってしまえば、「相手の玉を素早く取るゲーム」の一言に尽きるだろうと思います。
そうなってみると、将棋の戦法というものは、「素早く攻める」というものと「相手の攻めを遅らせる」の2パターンに大別されることでしょう。
もちろん、攻防の一手と呼ばれる手が存在するように、この2つの両面を持った手というものが本筋であって、攻めか守りかというのはどちらに重点があるかという説明になるとは思います。
この二つの戦法を検討してみましょう。
そうすると、すぐに突き当たるのが「素早く攻める」ことには限界があるということです。
即ち、どれだけ攻めのスピードを上げていこうとしても、必ず数手の準備を要するということです。
つまり、いかに戦略を高度なものにしていったとしても「素早く攻める」という方向性で考えるのは明らかに不毛なわけです。
一方で「相手の攻めを遅らせる」方向で考えたとき、状況は一変します。
攻めるということを考えると、5段目以上に駒を押し上げる必要があるところ、守るという面では3段目4段目で迎え撃つことが可能です。
そのため、守ることだけを考えると、基本的には守りのほうが数的有利を作りやすく、即ち「相手の攻めを遅らせる」ということに関しては、理論上無制限である可能性があります。
つまり、数学的に将棋というゲームを計算していくと、直感的な試算ではありますが、おそらく相手の攻めを遅らせる手段のほうが評価値が高くなることでしょう。

現代将棋は「堅く囲って攻める」という風潮があるといわれていますが、これは相手の攻めを遅らせることを先行させてから攻めに移っていると表現しなおすことが出来ると考えています。
それは、これまでの考察から見ると、論理的には必然なのではないかと思います。

もうひとつ、私が最近考えている将棋の理屈があります。
それは「偏り」です。
将棋で使用されている駒の数は40であり、升目81マスの半分もありません。
持ち駒という制度がある限り、存在する駒の数こそ減りませんが、盤上の駒という意味では、基本的には40より少ないと考えておくべきでしょう。
自分の駒という意味では、駒割での損得がないことを前提にしても20しかありません。
この駒のうち、9つは歩です。
これは基本的なことになりますが、殆どの将棋において駒は右辺か左辺のどちらかに偏ります。
そしてこれは、攻めるにしても守るにしても数的有利を作ることが目標になると考えたときには仕方のないことであります。
逆に言いますと、偏りの中でどうしても薄くなる部分を如何に保持するか、あるいは突破するかというのが、「素早く攻める」「相手の攻めを遅らせる」というどちらの戦法から見ても重要な視点になることは間違いありません。

しかしながら、ここで問題となるのは、攻めるという際には必ず駒が上部へ動いていくことになるため、この偏りによって自陣に空白地帯が発生するのは、ほぼ必然となる点でしょう。
つまり、駒が偏る結果として、互角の攻防をしている中という条件にあっては、攻めには必ずカウンターの要素が残ることになるわけです。
そこで、この偏りの問題から見るに、自身の攻めによって発生する偏りからくるカウンターより早い攻めが出来ないのであるならば、そのような攻めはしてはならないということになります。
ポイントは、この偏りを如何にカバーするかという点になりますが、やはり相手の攻めを封じることと自分の攻めを両立させていくことがメインになるのではないでしょうか。



私の将棋を見ると、よく言われるのが「玉型が薄い」ということです。
実際、私が対振り飛車戦でメインに採用している二枚銀や銀雲雀戦法を見ると、銀が二枚せり上がっていく戦法であるため必然として守りが薄くなります。
そこを捕らえて考えたとき、多くの人は私の将棋を「攻め重視」であると評価するようですが、私の感覚ではそうじゃないというのが事実です。
もちろん、先に言ったような偏りを見ていったときに、攻め潰せると考えるときには攻めがメインになることがありますし、そういう将棋も多いのは事実ですが、そのようにはっきりと攻めが出来ると考えていないときの私の将棋は原則として、攻める気はないのです。
では、攻める気がないのに、玉型は薄く、厚みで敵陣に襲い掛かる私の将棋はいったい何を目指しているのでしょうか?

一言で言うと、バランスなのですが、先述の話を利用すると、偏りによる空白を抑えたいというのが一番なんですね。
私は居飛車党ですので、基本的に玉は左辺に寄ります。すると、対振り飛車においては美濃や穴熊が相手の囲いになりまして、玉頭が戦場になる可能性は低いのです。
つまり、戦場になりそうな段階で初めて対処すればいいと考えたとき、左辺に駒を偏らせるメリットは大きいとは言えないと考えているのです。
そして、戦場が右辺になることを考えますと、基本的には自身の攻めが直接相手の玉に迫ることも余りありません。
つまり、攻めようとして偏った結果、カウンターを食らうと、速度の面で勝てない公算が高くなります。
もちろん、玉の硬さが同じであれば、先に攻めたほうが有利でしょう。
しかし、私は堅くした結果として発生する偏りに対応するのが下手であると、自分自身では感じています。
そこで次に考えたのが、偏りによる歪みを抑えた上で、相手の攻めを押さえ込むのを主体に指しているのです。
つまり、私の将棋のメインの発想は「相手の攻めを遅くする」ことなのですね。
攻める気などない、この私の発言の意図はこういうことなのです。
これは現代将棋の持つ特徴と方向性を一にするものと私自身は思っているのであって、そういう意味では現代風かなぁと思います。

今のところ、隙あらば攻めることはしていますが、そうではないときの当面の考え方は、相手の攻めを潰すことが私の戦法でしょう。
将棋とは数学的に計算できると直感的には思っていますが、そういう発想で考えたとき、「相手の攻めを遅らす」という根本姿勢から出てくる戦法にくわえて、この「偏り」という視点で肉付けしていくのが、ひとつの解になるのでは、とささやかながらに思っている次第であります。
スポンサーサイト

comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://watakusimi.blog64.fc2.com/tb.php/137-42b42ce2

 | ~home~ | 

プロフィール

結城 桃燈

Author:結城 桃燈
FC2ブログへようこそ!


最近の記事


最近のコメント


最近のトラックバック


月別アーカイブ


カテゴリー


ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる


ブログ内検索


RSSフィード


リンク

このブログをリンクに追加する