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日記的空間

主に、私見のために使用するスペースです。 所々、日記的に気ままに書いたりと、アトランダムな使用をしていきます。

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新作詰将棋解答発表等

前回の記事において、発表させていただいた詰将棋の解答を発表しようと思います。

裸玉はこれまでも気が向けば研究をしていたところですが、なかなか形にできずにいました。
8月の下旬ごろだったと思いますが、過去の裸玉から、何らかのヒントを得ようとおもちゃ箱のこのページを読んでいたとき、「成り立っていて誰も挑戦していないものなら、もし完全作があればそっくり眠っているはず……」という部分を見て、ハッとしたのです。

裸玉一覧を見る限り、逆玉座という玉座・天王山に対比する点で一定の意味を持つ裸玉が、これまでに一度も、不完全作すら発表されていない、と。

水面下で研究されていることはあるとは思います(実際に岡村さんのツイッターを見る感じでは、今回の発表作を知っていたように見受けられます)が、完全作があるとしたら、59玉型にもそっくり眠っているはず、と考えたわけです。
このとき、裸玉一覧と岡村さんがおもちゃ箱に寄せた文章から考えると、小駒裸玉はまずありえないだろう、と当たりをつけ、大駒の飛車と角のどちらを中心に据えるかを考えました。
飛車を中心に据えたとき、53飛車からいくらか駒を捨てて、一間龍を目指す手順や、横に動いて龍になる手順、初手は小駒を捨てて4筋で飛車を打ち下ろす手順等、いずれにせよ龍が強力な駒となり、手順を限定することが困難であると考えて、最初から角のみで手順を作ることにしたのが、創作の第一段階でした。

まずは合駒の読みが入る可能性があるため、香車も外して、角金銀桂歩で駒を調整して考えていきました。この時点では

(1)37角、48合、77角、68合
(2)37角、48合、68銀、同玉、57銀、同玉、13角

と言った筋が有力な筋として考えられました。また、初手角打以外では

(3)48銀、同玉、37銀、同玉、49桂、38玉、16角、27歩合、同角

と言う筋もかなり強力でした。そうこう検討しているうちに、検討抜けはあるかもしれませんが、角2枚+金銀桂歩では上手くいかなさそうだということが分かり、香車を追加して検討しました。そこでは、

(4)37角、48合、68銀、同玉、57銀、同玉、59香、68玉、57角

という筋が面白そうだと言うことで、調べていきましたが、これも上手くいきませんでした。これで、もうダメか、と思っていたのですが、ある瞬間に、

(5)48銀、同玉、93角、57合

という筋が存在することに気がついて、道が見えてきたのです。(3)の手順やこの手順だと、角は1枚で良い可能性が出てきます。
当初は、57合以降は、37銀、同玉、49桂という筋で考えていましたが、57合が桂だとこれがなかなか詰まない。そこで、桂合を詰ます駒種を模索し続けて、詰みを見つけ出したとき、銀合が詰まないと言う事実に驚いたという記憶があります。
銀合を詰むようにすると、今度は(3)の筋が詰みかねない、ということで、ギリギリの範囲を探索し、最後の最後に候補に挙げた2パターンのうち、一つがつぶれたのを確認した後、と言うのが本図でした。



作意手順

48銀、同玉、93角、57銀合、39金、58玉、48金打、59玉、49金寄、69玉、78銀、同玉、67銀、同玉、57角成、76玉、77歩、85玉、76銀、74玉、75馬、63玉、53金、72玉、63銀、81玉、82歩、91玉、94香、92歩合、同香成、同玉、94香、82玉、83歩、81玉、91香成、64馬、92玉、82馬、迄41手詰

29手目と33手目の94香は、94以遠の以遠打非限定、31手目で不成は82玉からの変同をもたらす成生非限定となります。

変化紛れについて考えていくと、まず第一点として、持ち駒に桂が無いことが挙げられます。
これにより、角か香で足場を作る必要が出てくるわけですが、これら線駒に対しては、合駒によって利きが遮られる可能性が高く、これを上手く打ち破る必要が出てきます。
そうすると、48銀同玉37銀同玉39香といった順は、38歩合程度で香の働きが大きく制限されてしまい、これを打破するのは難しいのです。
48銀同玉47金同玉49香も、裸玉一覧38玉型裸玉との対比からして、駒が足りません。
そういうわけで、93角から馬を作りにいきつつ、角の利きを大きく残す本手順が勝ると言う格好になっています。
5手目は角のラインに金か銀を打つことで、角を上手く活用する手順となります。ここで銀だと49玉と落ちる手が好手で、本手順と比べて余計に駒を使わせることができ、明らかに足りなくなります。
ちょっと贅沢でも金を打つと言うことになります。
そして7手目。ここは59香や47銀が極めて有力です。
59香には同玉48銀と、香を一枚捨てることで金ではなく銀を用いて一種の節約を果たしますが、結局のところ、香を捨てた分をカバーするほどの節約効果がなく、詰みません。具体的には後からも出てきますが、17手目の77歩に対する65玉の変化において持駒を全部使う必要があり、このルートに入ってしまうと、香一枚捨てたロスが大きく巻き返せません。そして、それ以外の手順を組み立てようとしても、やはり届かない、と言う形になっています。
また、47銀からの手順もかなりギリギリで、歩がもう一枚あると詰んでしまいます。具体的には
47銀67玉78銀同玉79歩同玉53角成68金合同馬同玉69香同玉58銀打68玉79金同玉69金88玉89香97玉98歩同玉
と進み、後1歩という形になります。
ここを超えると山場は越えています。48金打に対して59玉として2手稼ぐのはちょっとしたアクセントかもしれません。
手は飛んで17手目。ここでの歩打にたいして65玉も盤の右上が広く、すべての駒を動員して詰ますことになります。
67香54玉45銀43玉44歩32玉34香33歩合同香成同玉34歩23玉24銀22玉33歩成11玉22金が一例となります。
この変化を前提に考えると、17手目79香は65玉で一枚足りません。
一方で本手順は85玉というのは面白いものです。

変化紛れの概要は大体こんな感じです。自分が行った検討は、主に柿木上でやっており、kifファイルになっています。分岐等を詳しく確認したい人はこちらから見ていただけると良いと思います。
検討用kif
なお、変化については多くの場合で柿木にかけただけと言う面があります。そのため、厳密には変別になっていたりするかもしれませんが、そこはまぁ柿木を信じて、一応本手順よりは短いなというのを確認する程度になっていたりすることをご了承ください。


本作品については4名の方から回答をいただきました。
いずれも作意解であり、余詰指摘はありませんでした。
回答者は以下の通りです。
匿名さん、馬屋原さん、sorimさん、ミーナさん
sorimさんは柿木駆使ということで、懸賞は不要との前提でのご回答でしたので、残りの3名の皆様に、借り猫さんからいただいた商品を送らせていただこうと思いますので、コメント欄等に連絡をいただけたら、そちらから商品目録をお知らせします。
商品を辞退される場合には、私がありがたくいただいておきますので、それはそれで構いません。正直なところ、商品の中に個人的に欲しいものが混ざっていたりします(笑)
コメントにつきましては、ミーナさんのものが最も作品の中身について詳しくコメントされていたので、ご紹介させていただこうと思います。

ミーナさんのコメント
入玉型の裸玉はまだまだ未開拓で、58玉型から53飛~59金でできないかと模索していました。
角でてがかりを作るのは、どうしても持駒が増えるので、手順が限定しにくいと思っていました。

この図は、4手目から膨大な変化のなかで、ほんのわずかな違いをギリギリで切り分けています。
4手目は金合か銀合か。5手目は金か銀か。7手目が重くて打ちにくい。
47銀や59香で詰まないのがほんとうに不思議なほどです。
追い出してからも、17手目79香では65玉でわずかに詰まないのに77歩に85玉が長いとは。
結局、非限定はさいごの2度の香打だけのようです。
変化で四隅をすべて使う大作で、歴代の裸玉のなかでも最上位にくる作品と思います。
ぜひ多くの解答者の声をきいてみたいものですが、はたして解答はあつまるのでしょうか?


最初の、飛でできないかと言う着眼点は、私の着眼点と完全に逆というところが面白いところですね。
実際のところ、駒数が少ない裸玉は、ソフト解析も比較的楽になるので、完全作が残ってるとしたら駒数が多い方ではないかというのも一つの理由ではありました。ただ、今回の私は飛を持駒にすることを完全に排除して調べておりましたので、飛を持駒にした5筋裸玉はロマンがあると思います。
「驚愕の曠野」も持駒角ですし、飛で見つかればやはり、それは大発見ではないでしょうか。

いずれにせよ、高評価をいただき、嬉しく思っています。ありがとうございます。


また、鬼灯さんからは「3手目の局面から別の逆算が可能ではないか?」との指摘をいただきまして、鬼灯さんと私とで共同で逆算可能性を検討していました。以下では、現在における研究結果を提示します。

ragyoku2.png

初手49香は48歩合でどうやら詰まないっぽい。完全作の可能性あり

ragyoku3.png

初手49香は47歩合でどうやら届かない。ただし、中央に寄りすぎて、考えられる手も増えていると考えられるところ、検討すべき手順が難しく、検討不足の可能性あり。

ragyoku4.png

驚いたことに38銀からの83角はどうやら届かない。ミーナさんのコメントにあるように4隅をすべて使い切るような詰手順であったことから、左辺が広くなりすぎて逃れるようだ。結局48金からの完全の可能性が高い。

ragyoku5.png
ragyoku6.png

上記二つは28銀から73角がかなり迫れる。
特に角2枚の方はギリギリで逃れているようだ。検討した限りでは余詰は見つかっておらず、完全作と思われる。


以上、指摘をいただいた鬼灯さんとの連名という形で公表させていただこうと思います。指摘をいただき、共同で検討した以上、私からのお願いとして受け取っていただけると幸いです。


最後に、本詰将棋の著作権法上の取り扱いに付きましては、発表時に掲載したとおり、お願いいたします。
具体的には以下の通りとなります。

・著作権侵害にあたる、無断での転載・利用をかたく禁じます
ネット上での利用や書籍等での利用には、法的に認められる引用や私的利用の場合を除き、権利者の許可を取ってください
・氏名表示権について、作者名は 桃燈 としてください
・引用に当たっては、発表場所を ブログ発表 として、本件ブログ名は出さないでください
ブログ名を出さないでほしいのは、他の記事との関係で論争等を巻き起こしたくないためです。

詰将棋は、図面で表示せずとも、駒位置および持駒を提示するだけで、全く同様の効果を持つため、そのような形でも複製になると考えるべきであります。
従いまして、許可なくそのようなことはしないでいただきたく思います。一覧表などは私も必要なことだと思っていますので、ぜひ連絡をいただけますようよろしくお願いします。

これにて解答発表をしめさせていただきます、ありがとうございました。


11月12日追記

匿名さんと、連絡を取り、当記事で公表した、別パターンの逆算図について、連名での発表を快諾いただくとともに、ペンネームを鬼灯とすることになりましたので、記事における別パターンの図以降の表記を変更しました。
また、作品の利用に関しての連絡に当たっては、原則は私に一本化することとなりましたので、私に連絡いただければ、と思います。


11月18日追記
本エントリは10月31日が作成日となっておりますが、これは本エントリの作成をはじめた日時であり、公開した日は11月9日となります。
このことを記事内に記しておくべきではないかとのコメントをいただきました。その通りと思いますので、追記させていただきます。
指摘ありがとうございました。
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新作詰将棋

新作詰将棋を敢えてブログで発表すると言う試みをしたいと思います。
解答の発表は11月ごろにすればいいかなと考えています。

今回の詰将棋について、個人的に思っていることをまず書きます。


・詰将棋には著作権が発生すると私は考えています
詰将棋には著作権が発生する、と言う話は何度かブログ内でもさせていただきました。これに基づいて、今回発表する詰将棋については著作権をしっかり主張していこうと考えています。
そこで、以下の点に留意してほしいと思います。

・著作権侵害にあたる、無断での転載・利用をかたく禁じます
ネット上での利用や書籍等での利用には、法的に認められる引用や私的利用の場合を除き、権利者の許可を取ってください
・氏名表示権について、作者名は 桃燈 としてください
・引用に当たっては、発表場所を ブログ発表 として、本件ブログ名は出さないでください
ブログ名を出さないでほしいのは、他の記事との関係で論争等を巻き起こしたくないためです。


発表する図は以下のようになります。

ragyoku1.png


2例目の5筋裸玉、逆玉座です。成立していれば、歴史的な作になるのではないかと考えます。
現在、コメント欄を承認設定にしてありますので、回答等をいただけるのであれば、コメント欄で大丈夫です。
また、余詰については、個人的に思いつく限り検討していますが、見つかる可能性は否定できません。
そのため、余詰指摘も歓迎です。どうかよろしくお願いします。

※追記
借り猫さんから懸賞用商品を提供していただけることになりました。
解答・コメントを頂けたかたの中から抽選して懸賞を贈りたいと思います。
解答発表は11月ごろとしているので、懸賞対象となる解答・コメントは、10月末日を締め切りにしようと思います。
よろしくお願いします。

Kifu for JSを試してみる

my cubeにて、鈴川さんがブログにkifu for JS を貼り付ける方法を記載している。
そして、鈴川さんは他のところでも同様に動かすことが出来るかどうか試してほしいと言うこともおっしゃっているので、自分でも試してみることにしました。
私は、この鈴川ブログにおけるjQueryのダウンロードを省略して、直接ネット上に公開されているライブラリを読み込む方法にしてみました。
鈴川ブログにおける

<script src="http://makugaeru.web.fc2.com/Kifu-for-JS-master/src/jquery-3.2.1.min.js">

の部分を

<script src="https://ajax.googleapis.com/ajax/libs/jquery/3.2.1/jquery.min.js">

というように書き換えています。これで、jQueryのダウンロードとHPへの設置を省略できます。
ネット上に公開されたライブラリが消えると同時に使えなくなるのが問題点とは言えますが、ちょっとだけ楽が出来るでしょう。



貼り付けた詰将棋は、どこにも公開していないものです。最終3手のところがどうしようもない余詰があって、個人的にはこれくらいいいようにも思いますが、どこにも出せずにお蔵入りしていたので、テストに使うことにしました。

まぁ、このブログはfc2なので、鈴川さんと基本的には同じ環境です。そのため再現可能なことはある意味自然なのですが、FlashやJavaが使えなくなることを考えると、これをうまく使う必要がありそうですね。

詰将棋:中合、捨合、変則合

ツイッター上で、中合とは、捨合とはという話になり、そこで変則合と言う言葉も出てきて、これら言葉の指すものはなんだろうか、と言うことで、いろいろな話を聞けたので、これについて整理してみようと思います。

この話、似たようなことは実は時々されていて、たとえば、書きかけのブログのこのコメント欄で、前に大分盛り上がったと言うことが出来ます。

ここでは、分かりやすくするために、ペイントでこんな図を用意したので張ります。合駒分類

ちなみに、この図における「合駒にヒモがついてない」とは合駒に玉方の利きのある駒が存在しない、即ちルール上とられたら取り返すことが不可能な場合を指します。そうすると玉に隣接している場合は必ず玉の利きが存在するので、ヒモ付きということになりますが、ここでは玉以外のヒモの有無で考えてください。
この図を元に、馬屋原さんが風wikiに書いた分類を見てみますと、以下のようになります。
A=中合
B+D=狭義の捨合
B+C+D=広義の捨合
同じブログのコメント欄に書き込みをしているssさんも中合については「利きがある以上中合ではないでしょう」との表現をしており、中合のコアイメージがAになると言うことだと思います。

これに対して、このような意見もありました。





これは、上図の分け方で言いますと、
A+C=中合
B+D=捨合
という、利きの有無は特に考慮しない考え方です。

利きの有無に着目するか否かという違いは、おそらくですが、その合駒の着手のその瞬間に「取り返すことが出来ない」と一目で分かる、取り返せないところに合駒をするという意外性を重視するか、手順全体を見たときに「(取り返すことができるか否かに関わらず)取り返さない」ことに対する意外性を重視するか、と言う違いでしょうか。
この違いを前提にすると、
A=中合
B=狭義の捨合
B+C+D=広義の捨合
という分類の仕方もありそうだと言えます。
私は書きかけのブログのコメント欄では、取り返す場合でも中合にしてしまえば良い、といった形で意見を出していますが、取り返さないことを前提にするのであれば、イキロン分類で考えていることになりますね。

さて、次に変則合です。これはもともと森田正司さんが使い始めた用語であったという。


ここでの表現を見る限りでは、森田さんの認識は
A+B=捨合
A=中合
B=変則合
であったことが伺える。
しかし、


このツイートから伺えるように、中合と捨合の関係性が明らかに変化していることが分かる。
というのも、森田さんの言うような中合⊂捨合という関係で考えられることはほぼなくなり、馬屋原分類やイキロンの分類、あるいは
A=中合
B=捨合
といった風に、中合と捨合は包含関係ではなく明確な住み分けをした用語に変化していったようだ。
この流れにおいて、変則合という用語は宙に浮いた格好となり、当時を知る人の中でも
中合+捨合=変則合
捨合=変則合
と言った認識の変遷が起きたというのが伺える。そして現在の状況を見渡すと、




というように、そもそも認知されていない段階に来ているようだ。
そして、この用語に対しては、




というように、言葉が持つ印象が、元来その用語を用いた人の意図に合わない状況を生んでいると言うのがはっきり分かる。私自身も、


のように、元来の意味とは全く違うイメージを持っていた。
結局のところ「変則」という表現が時代に合わなくなってきているのだろうか。変則とは、普通ではないということで、普通という基準をどこに置くか、と言うことになる。この意味で、とられたら取り返すのが合駒における普通である、と考えたら、変則合=中合+捨合といった等式は成り立つであろう。しかし、


このツイートにも現れているように、もはや、取り返さないこと自体が、詰将棋において特殊性を失い、変則として考えることが合わなくなってきている、と言うことになりそうだ。
これら一連の経緯をみると、「変則合」という用語は歴史的役割を終えている、と言っていいかもしれない。
少なくとも、今ではその言葉が持つイメージと元来の用法がずれてきており、分かりにくくなったのは間違いない。
結局のところ、用語とは伝えることに意味があるのであって、そのことを考えると、分かりにくくなってしまった用語は利用しないようにするのがよさそうだ。
中合や捨合についてはいろいろと考え方が分かれていると言うのはわかります。伝えると言う点において、この違いを意識した上で、どの意味で使っているか分かるように表現することが必要、と言うことになるでしょう。


追記
新しいツイートによって資料となる発言をされた方がいたので、掲載します。


村山さんは
中合=A+C+α(ヒモ付きかどうか、取り返すかどうかで区別した書き方になっておらず、このあたりの認識が不明)
捨合=変則合=B
という形のようである。

著作権と詰将棋:法律と法律以外と

過去に二回、著作権と詰将棋著作権の制限についてブログを書いてきました。
今回は、これに続いて、そもそも法律って何なのか、法律さえちゃんと理解していればそれでいいのか、という視点から考えていこうと思います。

1.法律とは

この法律とは、と言うのは難しい問題ですが、基本的には、社会のルールのうち、国家がその権力を持って定める規範であると言うことが出来ます。
この規範の中には、「強行法規」と呼ばれる、ざっくり言ってしまうと「国が何があっても曲げないぞ、国民はこれに絶対に違反しちゃいけません」というものもあれば、「任意規定」という、これもざっくり言えば「みんなが自由にルールを決めてもいいけれど、特にルールを決めないなら、国がこういうルールを決めておくね」というタイプのものもあります。
たとえば、刑法なんかは基本的に強行法規の性格を持っていますね。「うちの村では人の家のものは何でも勝手に持って行っていいんだ」といくら主張しようと、人の家のものを勝手に持ち帰れば窃盗罪になるわけです。

強行法規か任意規定かという問題は、実は法律に明確に規定されているわけではないのです。それゆえ、法律をどのように解釈していくか、と言うのが大切になるのです。
具体例を言いますと、たとえば著作権の支分権の中には「著作者人格権」と分類されるものがありましたが、これは法律には譲渡することが出来ないとの規定がありました。
ではこれが、強行法規になるか任意規定となるか、と言う問題ですが、法律には書かれていません。しかし、「譲渡できない」というルールをわざわざ定めておきながら、「個人が自由にルールを作ってもいいよ、何も取り決めしないときは国がルールを決めるね」というタイプ、即ち任意規定だと考えると、そもそも譲渡禁止とルールを作った意味がなくなります。
なぜなら、個人が自由に決められるならそれは譲渡が可能と言うことに他ならないからです。禁止しているのに可能というのは明らかに矛盾していますね。それゆえ、著作者人格権の譲渡が禁止されていると言うのは、解釈によって強行法規だということが分かると言うことになります。

このように、強行法規か任意規定かと言う問題は、やはり基本的には法律の解釈の世界であり、それは結局法律の世界の論理の中で決定していくことになります。
そのように考えると、法的な問題になったときに、慣習などが考慮されることはあるのは間違いないのですが、それらは慣習によって決まるのではなく、あくまでも法律がどのように解釈されるかによって決まると言う側面があると言うことになります。
それはつまり、法律の世界で決まる問題については法律の解釈が先に来るのであり、それについて、「うちの村ではそうではない」と言うことは、それ自体意味がないと言うことなのです。
それは、法律によって定められた内容が国家権力によって担保されたものであることから逃れられない問題になります。望まなくても、国家権力にその行使を求めたとき、それは法律に従って発動するのです。
もしも、その国家権力の発動が、それによって不都合が起きるのであれば、その法律の中で、出来る限りのことをしておかなくてはならないのです。
先の例に挙げたように「うちの村では人の家のものは勝手に持って行っていい」というのはそのままでは窃盗罪です。日本国内においてはつかまりますが、それならば、無料でものを置いていき、あるいは持っていくことが出来る集積場を作ろう、と言った対策をすることは可能なわけです。

2.著作権法をどのように活用するのか

さて、詰将棋に関しては、これまでも著作権法が関係していることは書いてきましたし、この問題を無視することは不可能だと思います。
ということで、著作権法をカスタマイズする方法を考えましょう。

2-1 著作者人格権をカスタマイズ

著作者人格権は譲渡できない権利として、著作権法上も解釈する上では強行法規であるのは間違いありません。
中でも同一性保持権が大変な問題であり、「少しも手を加えることができない」となると場合によっては問題が起きることはあります。もちろん、著作権の制限と同様、著作者人格権にも制限があり、「やむをえない事由」により手を加えることは出来るのですが、どこまでが「やむをえない」のかはそれこそ法律上の問題であり、軽々に判断してしまうと、国家権力に「それは駄目」と言われてしまう可能性があるわけです。
ではどうするか?この答えは「著作者人格権も権利の一つであり、それを行使するかどうかは個人の自由である」というところにあります。
つまり、「君は著作者人格権を行使しない、そのことを約束しようじゃないか」ということです。譲渡が出来ないなら行使させなければいい、ということですね。
それアリなのかよ、と疑問はあるかもしれません。実際私も、それあり?って思います。このあたりは実は議論がありますが、一応アリということにしておきましょう。「駄目かもしれない」という話は、後半に書きますので、それも併せて読んでいただくといいと思います。

2-2 著作権をカスタマイズ

著作権をカスタマイズするのは著作者人格権に比べると簡単です。
と言うのも、著作権は著作者人格権と違い、譲渡が可能であることが法律上規定されているからです。
ということは、著作権の行使を受けると面倒だと言う話になるのであれば、最初から「著作権頂戴」と言っておけば良いわけです。
「お前は作品を作る、俺は著作権をもらう、約束な!」って約束を交わせばいいわけです。
詰将棋であれば、詰将棋パラダイス、将棋世界、スマホ詰パラといった作品掲載の場において、投稿規程に「著作権を編集部に渡すことを許諾する」という文言を入れたらいいことになります。
注意すべきなのは、「著作権を譲渡する」と言うだけだと、支分権のうち27条と28条が除外されると言うことでしょう。翻訳・翻案権と2次著作物に関する原著作者の権利、という権利はただ単に「著作権を譲渡する」と言うだけでは譲渡されず、具体的に「翻案権を譲渡する権利に含む」など明示する必要があります。

2-3-1 それでいいのか著作権

さて、上記のように、著作者人格権は行使しない約束をし、著作権は譲渡する約束をすれば、著作物について著作者から何か言われることはなくなります。しかし、本当にそれでいいのでしょうか?
と言うのも、著作者人格権を行使しない約束をして、著作権を譲渡すれば、著作者は自分の作品に対して何も言うことが出来なくなってしまいます。
もちろん、それは本人がそれに同意しているからいいではないか、と言うことも言うことは出来ます。法律上はそのような論理でこのようなことが認められている、と言うことになるのです。
しかし、たとえば詰パラが投稿規程にそれを示せば、将棋世界やスマホ詰パラがそういうことを行えば、著作権の譲渡を望まない作家は多くの発表の場を失うことになります。
このことについて、全く考えないわけにはいかないでしょう。

2-3-2 著作者人格権不行使条項について

著作者人格権は譲渡が出来ないと言うことは、それら権利を著作者に残しておかねばならない、と法律が判断したということになる、というのが素直な考え方です。
それを不行使にすること自体が、本人の事由であると言うのが法律上の建前だとしても、それを何らかの約束で予め、将来にわたって縛ることは果たして許されるのでしょうか。
しかし、これが難しい問題で、法律の解釈が定まっているとは言いがたいのが現状です。将来、これは許されないと判断されてしまえば、このテクニックは使えなくなります。許されない可能性も十分に残っていますね。
また、逆に、許される場合には、やはり著作者の保護はされないのだろうか、と言う問題が出てきます。
法律では「公序良俗に反してはならない」とか「権利の濫用は許されない」と言った抽象的一般的な規定があります。そして注目のポイントはまさにここにあると思われるのです。
つまり、仮に著作者人格権不行使条項が認められるとしても、それでもなお、極端に著作者の権利を制限するようなやり方をした場合には、それは「公序良俗違反」や「権利濫用」で認められないと言うことがありうるのです。
そうすると、著作者人格権不行使条項も、仮に使うとしても、決して万能なのではなく、著作者の保護も最低限図られると言うことになるわけです。

2-3-3 著作権譲渡条項について

著作権を譲渡すると言うことは、著作者に著作権が残らないと言うことを意味します。
たとえば複製権を譲渡すれば、作者であっても自分の作品をコピーすることが出来なくなります。
これは何を意味するかと言うと、たとえば詰将棋の場合には、自分の作品集を出すことが出来ない、と言った場合を生む可能性がある、と言うことになるのです。
もちろん、そういう形で著作権を利用する可能性を認めているのが法律なので、そのような利用の仕方をすること自体はなんら問題はありません。
しかし、そのように著作者から著作権を奪ってしまうようなやり方は好ましくない場合もあるでしょう。その場合にはどのようなやり方があるのでしょうか。

一例としては、一定の著作権について利用を許諾する権限を付与すると言ったライセンス条項と言うのが考えられます。
たとえば、詰パラ等の投稿規程に、「好作選等の作品集に掲載する場合に複製を編集部において許諾することを認める」と言った条項を入れると言うような形です。必要な範囲で必要なだけライセンスをすると言うことを考えるというやり方は一つの方法でしょう。

ここで一つ重要なのは、著作権等管理事業法と言う法律が存在していまして、著作権を何らかの形で業として管理する場合には、文化庁に登録が必要になる場合が存在すると言うことです。ライセンス条項を考える(著作権譲渡の場合でも確認しておかなければなりませんが)場合には、この著作権等管理事業法についても注意する必要がある、というのは念頭におく必要があるでしょう。こちらのページでフローチャートを確認すれば一通り大丈夫かどうかの確認は出来るでしょう。

3.法律を守ればそれでいいのか

では、次に法律を守ったら後はどうでもいいのか、と言うことになります。
これは法律上の問題をクリアすれば、国家権力によって強制的にあれこれされるのを防ぐことが出来るので、一安心なのは間違いありません。
「うちの村では人の家から勝手にものを持って帰ってもいい」は窃盗罪になるから許されなくても、「集積場を作ってそこでやり取りすればいい」にすれば法律上の問題にはならない、と言うのはすでに例示しました。
しかし、これまでしてきた著作権の話は、「いかに著作者の持つ法律上の権利を制限し、あるいは権利行使を回避するか」に焦点を絞った対策でした。これは「うちの村のルール」に合わせたやり方ではなく、単に「お前に認められた法律上の権利を無効化するぜ」というある種暴力的なやり方であることは間違いありません。
法律はこれを認めているのです。そうすると問題は、暴力的なやり方で相手の権利を無効化するというのがその業界において認められるかどうか、という話になるわけです。
あくまでも法律で出来ることという範囲の話として、問題を回避するだけならこれでいい、という話をしたに過ぎません。
作品の作者に対して一定の保障をすべきであると考えるのであれば、ポジティブリストを作る、運用において無制限に著作権の無効化を活用せず、可能な限り作者の意思を尊重するルール作りを行う、などのやり方は当然に考えられると言うところになります。
作品の不備を修正したいと言った場合には、「発表する前にちゃんとチェックすべき」と言った倫理観もありうるところですが、不備がなくても「作品を自分のコントロール下に置きたいし、勝手に作品集に入れるなんて言語道断だ」という価値観だってあると思います。
そこに対して、法的な権利問題を解消しているのだから、多様な意見は排除する、として作者の意見を無視して作品集等に用いることが果たして良いことなのか、これは難しい問題だと言えます。もちろん、法的な問題をクリアしていたら、国家権力に強制されることがないので、無視しても何ら問題にはならないでしょう。個々人の人間関係が悪化するくらいです。
しかし、それが横行することになれば、その業界はそのようなことを自由にしてもいいのだ、と言う人しか流入しなくなる可能性があります。それで果たしていいのだろうか、と言うのが個人的に憂慮する問題です。

ある方は「(現実的に連絡を取ることが出来ない作家がいるが)出来ないからと言って、無視していい、何もしていいのか」と言う話に「そうではない」としながらも、「(連絡を取ることを前提にしていたら)結果的に『理想の作品集』にならない」と言いました。
連絡を取ることを前提にしていたら、理想の作品集にならない、というのであれば、これは理想の作品集を作るには、作者に連絡を取らなくてもかまわない、ということを意味します。論理的な対偶関係から言えることです。
にもかかわらず、「出来ないからと言って無視していいのか」というのには「そうではない」と言う。論理矛盾です。

現実的には困難であることは間違いありませんし、そこでどう折り合いをつけていくのかと言うのは非常に難しい問題です。
しかし、著作権の切れた小説、音楽などが出版されることになり、一時的に流通量が増えることが現実にもしばしば起こっていることであり、このような問題を正面から考えている業界では、この「連絡できないならやらない」と言うことはむしろ一般的に行われていることです。
それを、「その程度の理想」などと村の論理で議論するのは一向に構いません。しかし、それがいかに法的に、あるいは文芸美術の界隈から見て奇異なことであるのか、と言うのは直視すべき問題ではないでしょうか。
コミケ等の同人界隈も、著作権に関しては黙認によって成り立っているところが多々ありますが、しかしそれでも「商業ベースでやらない」という線引きがあるとも言います(というか商業マターになった場合、権利者が動く場合が多い)。
しかし、詰将棋界はこれが商業ベースで行われると言う状況にあります。これが本当に、「法律馬鹿が何か言ってるぞ、邪魔臭いなぁ」「実情も知らんやつが口だけ達者で、言うだけ番長だね」と言う話なのか、私は違うと思います。

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