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日記的空間

主に、私見のために使用するスペースです。 所々、日記的に気ままに書いたりと、アトランダムな使用をしていきます。

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2018年8月号大学院3

自作についてあれこれ書くのはなんか自分の好みとは違うなとは思うものの、今回の自作については個人的に「奇跡的」と思うポイントがあるものの、なんか理解してもらえてない気がするなと思うので、備忘録的に書いておこうと思う。

1.手順を制御する駒が一枚も無い

個人的にはなんといってもこの部分が最も気に入っている部分です。
通常、今回のような大海追廻による長手数作を創作する場合、追廻手順を制御する駒を全く置かないで創ることは困難なことです。
変化を抑えたり、紛れを不詰めにするための配置が必要になってくる場合が多いのです。
実際に、過去の使用駒5枚の長手数記録作を見てみると、駒場さんの作品では57歩、石川さんの作品では16歩が手順を制御する役割を担っていることが見えてきます。
大海追廻で詰む詰将棋ではこのような制御の駒を一切置かないことは、一つの究極系であるということが出来るので、これを実現できたことは個人的にも感動しました。

2.追廻の手順が新鮮であること

全ての追廻作品を調べたわけでは在りませんが、過去の使用駒5枚の記録作はおもちゃ箱で確認する限り、飛車と竜の2枚での追廻が行われていました。
他のパターンとしては、中央付近の角を軸に竜が追い回すというパターンもあります。
これに対して本作は端に寄っている角を軸に竜が迫っていった後に、下段の玉をスライドさせながら迫っていくと言う手順でした。
大駒三枚余詰ありとはよく言うものですが、大駒3枚でほぼ何も盤上にない状態からの追廻が成立していることは奇跡的であると個人的には思います。
とりわけ、紛れの中の大駒3枚+持ち駒金で詰んでいないところは本当にラッキーと言うべきでした。

3.右上簡素図であること

旧来の詰将棋は右上図であることが多く、右上図の簡素な図式は相当掘りつくされている感が否めません。
入玉図や中段玉、あるいはそういう部分に一枚駒を置いて制御すると言う形であればまだしも、全ての駒が右上4*4マスの中に存在しているという条件下にあって、これまで発表されてきていなかったと言うことは驚きでしかありませんでした。
少なくとも柿木があれば、検討自体は驚くほど難しいと言う図面でもないので、この十数年で発掘されていなかったことは奇跡的だと思います。



そんな感じで、使用駒5枚の条件作における長手数新記録というだけではなく、上記の理由から発表に値する作品だと私は考えたわけです。
一つの理想形が出来たのではないかと感じています。

ただ、今後の展望としては、もう10手くらいは伸びる形があるのではないだろうか、と言う予感はあります。
過去の記録作は1枚を制御の駒として置き、大駒2枚で追い回していました。
しかし、今回、制御の駒なしで大駒3枚による追廻を実現しました。このことを考えると、記録更新が2手しかないのは少々不思議であり、制御駒なしの追廻はもう少し先の未来があるような気がしています。
次の記録作は誰がどのように発表するのか、少々楽しみでも在りますね。
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嫌がらせ不成インデックス

嫌がらせ不成と呼ばれるものが、詰将棋には存在する。
しかし、これについて、具体的にまとめた話は私がこの嫌がらせ不成を知ったときも見つけることができなかった。
そこで、嫌がらせ不成について、一通りのまとめをしておこうと思う。

1 嫌がらせ不成とはなにか

嫌がらせ不成とは、作意手順において攻方の着手が成であるところを、不成とした場合に、玉方が最善の応手をした場合に、作意手順よりも長手数の詰みとなる場合を指し示す言葉である。
過去の記事にも書いた通り、攻方が作意手順から手を変えているのであるから、形式的に言えば紛れが詰むというものであり、余詰となるかどうかが問題であるということができるわけです。
この点、形式的には余詰であって、例外的に許容範囲があるという考え方と、許容範囲外のもののみを余詰というべきであるという考え方がありますが、難しいので今回は無視しましょう。
とりあえず、余詰として許されないといえるかどうかを知れば、まずは十分だと思います。

2 余詰になるかどうか

2ー1 まず覚えておきたいこと

余詰になるかどうか、とりあえず、わかりやすい結論を言いますと、

該当する駒が飛、角、歩の場合にはあまり問題になることはない

と覚えておくと良いと思います。
これは、「飛、角、歩」と「銀、桂、香」では成るときに起こる変化に違いがあるためです。
「飛、角、歩」の場合には、成ると「純粋に利きが増える」だけになります。
そうすると、「打歩詰が関係してくる場合以外では、必ず成った方が得」なのです。
したがって、詰将棋を解く場合でも、飛と角と歩の場合には、原則として成る手から考えるのが自然であるということになり、それで詰みが発見できた場合には、不成を考える必要がありません。
わざわざ考える必要がないために、そもそも「嫌がらせ不成に気づく人が少ない」ということができるのです。
なので、問題になることはあまりないのです。

一方で、銀や桂や香は、成らないときと比較すると、なくなる利きが存在します。
そうすると、成るよりも成らない方が有利になる可能性は十分にあるため、こちらの嫌がらせ不成については気づく人が出てきます。
したがって、問題になりやすいということができます。

2ー2 深掘りしてみる

では、実際に余詰となるかどうかについてですが、これについては

各種媒体において採用されることがあるので、余詰とは言わない可能性の方が高い

という程度だと思います。
というのも、嫌がらせ不成に関しては、「今の時代、これはダメでしょ」という人も一定数いるのではないかというのが私の感触で、少なくとも、絶対大丈夫だと断言できるほどではないと思います。
個人的な感覚でしかありませんが、変同余詰よりもちょっと厳しい見方がされているのではないか、とすら感じます。
この事を紐解いていきましょう。

嫌がらせ不成は大きく分けると、以下の3つの考え方に分かれます。

1 嫌がらせ不成は許容すべきではない
2 飛、角、歩の嫌がらせ不成のみ許容範囲である
3 嫌がらせ不成はすべて許容範囲である

このように、飛、角、歩を例外として扱うべきであるというパターンが存在することが嫌がらせ不成の特徴であるということができます。
これは、上述の通り、「純粋に利きが増えるだけ」であるため、ほとんどの人が不成を考えることなく、解答をすることができるからであるということが理由だと考えられます。
つまり、「解答者が混乱することがほとんどない」ということができるのです。
この事は、実は他の許容範囲の問題にも共通していうことができる特徴だと私は考えています(例えば、以遠打非限定や単純な成生非限定はこの説明の仕方が成立します)。

一方で、許容すべきではないという考え方も、一般的に混乱することがほとんどないとはいえ、気づく解答者が100%いないとは言えないことを考えると、混乱の種である以上、厳格に考えるべきであるという理屈がつきます。

これに対し、すべて許容してよいとする考え方は「作品を認める範囲を広げて、評価の問題として考慮すればよい」という考え方に親和的で、本質的に依って立つ瀬が他の考え方とは違うということができるのです。

以上の分類を考えますと、現在は比較的厳格に考える人が多くなりつつあるため、やはりちょっと見る目は厳しいと考えた方が無難だということができるのでしょう。

3 解答としての正解について

嫌がらせ不成は、攻方が手を変える場合を指す問題です。
詰将棋の正解手順(本手順)を決定する際のルールとして、現在一般的であるとされているのは、

・攻方は詰む手であれば何でも良い
・受方は最善の逃げ方をする

というものであるので、詰んでいる以上、不成でも正解であるということになります。
したがって、嫌がらせ不成を含む詰将棋は、成と不成のどちらの解答をしても、正解であるということになります。

4 評価上の減価項目か

そして、嫌がらせ不成を余詰ではないとして許容する場合には、これをキズというかどうかという問題もあります。
これについては、さらにいろんな意見があるということしかできません。
評価をどうするかは、個人個人が自分で判断するべきであり、全く気にならないという人もいれば、大きく減点すべきだという人もいます。

5 補論:完全性とキズについて

今回の議論は、余詰かどうかと言う話であり、完全性(詰将棋として認められるかどうか)の話と共通するところがあります。
そこで、この点について、ちょっとだけ補足説明をすべきと思ったので、ここに記載しておきます。

そもそも、詰将棋として認められる、いわゆる完全作というものをどのように考えるかという点において、実は大きく分けて2種類の考え方が存在します。

1つが「不完全となるべき類型(余詰・駒余り・不詰など)に該当しない限りすべて完全作である」というものです。
もう1つは「不完全となるべき程度まで作品としての不備がない作品が完全作である」というものです。

この二つは以下のように理解することができます。

ひとつ目の考え方は、不完全となる類型が先に決まっており、その類型に該当しなければ、あとは評価の問題であり、キズとは評価上の減価項目にすぎない。
したがって、不完全事由とキズとは全く別の概念である。というものです。
要するに、余詰等の絶対アウトとなる部分がなければ、残りの変同や今回の嫌がらせ不成のような問題がいくら存在しても、それはあくまでキズとして評価として減点するだけである、ということになる。

一方で、二つ目の考え方は、不完全とキズというのは同一直線上の問題であり、これらは程度問題にすぎない、という考え方です。
これはつまり、作品上のキズがいくつも累積することで、一定の閾値を越えると、それは不完全となる、という発想です。
余詰は一発アウトになるキズであって、これらその他のキズとされるものとのキズの大きさに違いがあるにすぎない、ということになります。
この考え方の場合、変同や非限定であっても、その程度がひどく、いくつも存在しているような場合には、それは不完全になりうるということになります。

実は、後者の考え方をとっている人は決して珍しいとはいえないと思います(私が過去に聞いた段階では、看寿賞作家の久保さんや広瀬さんがこのようなことを言っていたと思います。別の人と間違ってたらごめんなさい)。
私自身は、完全性とキズは別個の問題とした方がわかりやすいと思いますが、嫌がらせ不成についても、仮に一応は許容できると考えたとしても、やはりキズとして重いという考え方もあるところ、キズというものもどのように考えるかは、それぞれの作者が自分なりの基準を持つのが良いのではないかと思います。

変同余詰インデックス

スマホ詰パラをみていたら、最近、私が「変同余詰」と名づけているものについて、よく分からなかったと言っている人がいたので、わかりやすくまとめておこうと思います。

変同余詰とは「作意と同手数駒余らずの変化順(変同)について、攻方が手を変えることで詰む、余詰様の手順が存在すること」を言います。
視覚的には以下のような場合を指します。


       A━━━━━━(7手):作意手順
初形━━2手目
       B━━━C━━(7手):変同
            (5手目)
             D━━━━(9手):変同余詰

1.変同余詰のある詰将棋は詰将棋として認められるか

結論を言いますと、現在の詰将棋界においては変同余詰のある作品は詰将棋として認める考え方が一般的だということが出来ます。

詰将棋の用語をここで一度整理してみましょう。

・「作意手順」:作者が正解として設定した手順。一般的にルール上の正解手順(「本手順」とも言う)のうち一つと一致させる必要がある。

・「正解手順(本手順)」:解答の際、ルール上正解と認められる手順。作意手順とは異なる概念。

・「紛れ」:攻方が作意手順とは異なる手を指した場合のこと。詰将棋として認められるためには紛れが詰むことは原則許されない。

・「変化」:受方(玉方)が作意手順とは異なる手を指した場合のこと。詰将棋として認められるためには変化は詰まなくてはならない。

・「余詰」:紛れが詰むこと。一般的に詰将棋が不完全とされる一類型である。

以上の通り、余詰とは紛れが詰むことであり、紛れとは攻方が作意手順と異なる手を指した場合を言うのであり、変化内で攻方が異なる手を指して、それが詰んだとしても、それは余詰にはならないのです。
もちろん、作意手順と変同は形式的には同等とされるのであるから、変同余詰も余詰と扱うべきではないかという考え方はありえます。
このあたりの考え方について深く考えてみたい場合には、以下の記事を読んでみてください。

詰将棋ルール論:変同余詰について(その1)
詰将棋ルール論:変同余詰について(その2)
詰将棋ルール論:変同余詰について(その3)
詰将棋ルール論:変同余詰について(その4)
詰将棋ルール論:変同余詰について(補論)


2.変同余詰はキズかどうか

変同余詰が評価の際にどのように扱われるのでしょうか。
これについては、いろいろと人から聞いたことを総合すると以下のようなことが言えると思います。

1.昔は単なる変同よりもキズは軽いと考えられていた
2.今は変同よりもはるかに重いキズと考えられるようになってきている


かつては、作意手順が判別しやすいかどうかが重視されていたものと推測されます。
変同余詰があるということは、当該手順には攻方による別詰が存在するということになるため、別詰の存在=変化手順であるという判別が出来るため、ほとんど意識されることはなかったようです。
しかし、現在では、変同自体に対する目も厳しくなると同時に、変同に別詰まで存在しているということは重い減価項目と認識する人が増えてきているものと感じます。


3.変同余詰は正解手順か

結論を言いますと、作意手順も変同手順も変同余詰手順もすべて、解答をする上では正解手順(本手順)となります。
これは、詰将棋のルールから導き出されるものであり、詰将棋ルール論:変同余詰について(その3)にて詳しく解説しています。

以上、変同余詰インデックスでした。

スマホ詰パラ好作選出版に関する騒動についての雑感

宗角さんがスマホ詰パラで2014年~2016年に発表された作品から個人的に選りすぐって、解説をつけて販売することを1月13日に発表した。
これに関する一連の流れについて、個人的な雑感を書こうと思う。まぁ、ブログの更新の意味もかねて。
詰将棋界では当たり前のように行われてきたことだが、収録作の作家への事前連絡が一切行われていなかったのである。
これについて、一部の作家から「それ、いいの?」という声が上がった。

私は、これら意見に対して直接リプする形で見ていた。
私自身はこの声が上がることはなんら不思議に思っていなかった。
例えるなら、勝手に人の家の材料や大工道具を持ち出して、超大作の工作物を作ったようなものだからだ。
確かに、材料や大工道具を使われてしまった人たちが、その作品を認めて、文句を言わなかった場合、それらは法的には何の問題もない。
著作権も同様で、要するに「自分の作品を勝手に使うな」と言うことができる権利に過ぎないのだから、他人が他人の作品を使ったところで、それ自体を法的にどうこう文句言う権利は作者以外にはないのだ。
しかし、本質的に見たら、それは「良くないこと」に分類されるだろうし、例え話のような形で工作物を販売している人がいれば、やはり批判は出るだろう。
過激な例であることを承知しつつ、極端に分かりやすくするために、敢えていうなれば、他人の物を壊して回るような動画を誰かが作ったら、それは当然批判されるようなものである。
他人の物を壊す行為は器物損壊罪だし、民法上も不法行為だ。しかし、それは物の所有者が文句を言わなければ法的には何も言われない。器物損壊罪は親告罪だし、民法上の不法行為も権利者が権利を主張して初めて意味を持つ。
それで広告費を手に入れた人が、「物を壊された人も文句を言っていない、見た人間も楽しんでいる、だからこの行為には価値がある、いいじゃないか」と言い出したら、それはダメだろ、と批判されることはむしろ普通だ。
実際に声を上げた人は好作選に選出された作家達、つまり権利者だった。いうなれば「私は今回物を壊されたことに異を唱えない。楽しんだ人がいて、その価値も認めよう。しかしそのやり方は良くないのではないか」と言ったわけだ。
スマホ詰パラはこれまでの詰将棋界とは少々異なる集団が含まれていることから考えると、これまでどおりに動かない可能性があるのはある意味予想されていたことだった。
そんなわけで、私はこの動きを、ついにこういう動きになったかぁ、という形で見ていた。
上がった声の内容自体は正当なものだからだ。人のものを勝手に使っていいの?という。
これに対して、宗角さんは好作選に利用した作品について、作家への呼びかけとして使用の許可についてアンケートをとることに決めました。
宗角さんは作品が発表された場所であるスマホ詰パラ内でも周知を行い、作者と連絡を取ろうとした。
この動きで、一連の問題は収束を迎えるのではないかな、と個人的には思っていました。
と言うのも、一般に、同人誌でもそうですが、作者に100%連絡を取り、許可を取ると言うことがなされているわけではありません。
このような同人活動では、権利者と連絡を取らず、文句を言われてないからセーフ、といったグレーな状態で成り立っていることも多くあります。
その中で、どこの誰とも知れない作者との連絡を取る、と言うことに関して言えば、これ以上の方策がないと言うのも事実。
連絡が取れる作者には連絡を取り、可能な限り周知を行い、それでも連絡が取れない作者の分は、グレーのまま進めていく。
これが「今回の」落としどころだと、自分自身も思っていました。
もちろん、グレーなところは残さず、連絡が取れないならその部分は使うべきではない、と言う意見も当然ありうるところです。
それも正しいと言えます。ただまぁ、これは、黙認の文化に支えられてきている日本の二次創作界隈との兼ね合いを考えますと、後から作者が文句を言ったときに責任を取る覚悟でやるなら、それはもう作者の判断にゆだねるべき、と言うものだろうと私は考えています。

あくまでも著作権は「自分の作品を勝手に使うな」ということをいうことができる権利に過ぎないからです。
もちろん「お前はいいけど、あいつはダメ」とかそういうのも自由に決められる権利です。
それゆえ、私は、元より「何らかの形で作者側から声が出るような場面」でなければ、個別の案件については特に声を出していません。
短編名作選について声を出したのは「修正図があるのに原図が載ってしまった」「事前に打診があれば断っていた」「余詰作が修正図ではなく原図で載っている(後にこれについては掲載作を作者が知っており、作者自身が余詰を失念していたことが判明)」という話を耳にしたからでした。
もちろん、権利者が現実に権利行使をしないのであれば、法的にはそれでおしまいの話ではありますが、こういう話を耳にしたとき、「このままではいつ誰が実際に権利を行使し、こういった本が出せなくなってしまっても不思議ではない。せめてできることをやるようにすべきではないか」と言う考えで意見をしていたのです。
だからこそ、今回の名作選に選題された私の作品については、宗角さんと連絡を取り、自分自身としては作品利用の許可を出した時点で、権利者としてはおしまいの話であり、宗角さんは作者と連絡を取るためにできるだけの動きを見せた以上、第三者としてもそこから先は権利者の判断だと思っていて、その点に特に意見を出さなかったわけです。
どこの馬の骨とも分からんやつが勝手に作品使った場合に怒るなら権利者として怒ればいいし、誰々さんがやることなら信頼するよと言うのも権利者の自由です。
著作権侵害が巷に溢れているのなら、第三者が一般論として批判するのも自由ですし、権利者が文句を言ってやめさせることだってできるでしょう。

さて、そこで話が終わるかと思いきや、なんと盤外戦のスタート。
山川さんが意見を表明し、これに呼応して冬柿さんが反論を行いました。

山川さんのブログについては、実際のところおかしな点があります。
山川さんは詰将棋を「詰将棋は創作的プロセスを経て構成されるパズルである」と書かれておりますが、その認識であるならば、パズルに関する判例との関係で考えると、パズルであることを前提とするなら著作権が認められると考えるべきである。
詰将棋に関する判例がないことは正しいが、山川さんはこの点、パズルの判例に関する調査が足りていなかったようである。
また、100歩譲っての部分についても、これまでの私の意見を見れば分かると思いますが、結局「連絡が取れなかった作者から後で権利行使された場合に、どうしようもない」ことは事実でして、そこに関しては、自ら責任を取ると言う格好にならざるを得ません。
その部分は「第三者から見たらもうこれ以上言っても仕方ないが、絶対的に十分と言い切ることもできないだろう」という領域と言うべきでしょう。
このあたり、冬柿さんのブログの反論のほうが論理的には整合的だろうというのが私の考えです。

さて、詰将棋界はこれらの流れの中でどのように進んでいくのでしょうか。
今は、グレーな部分を残していても、権利者が実際に権利を行使していないために、まぁOKと言う状況でした。
しかし、これについても、投稿先がそれぞれうまくルールを作っていけば、解消可能になってくる部分が存在します。
現状、スマホ詰パラの管理人は規約化には消極的ですが、そうすると、詰将棋連盟がどう動くかになってくるのでしょうか。
今後の議論に期待ですね。
ただ、このとき、それによって一定の人たちを排除する方向に進むのは、私は良くないと思っています。
詰将棋界では著作権に否定的な人も「無断での改作はお断りだ(翻案権侵害やめろ)」「出展・作者名を出せ(氏名表示権の主張)」という著作権の主張を普通に行っていたりします。
勝手な利用行為についても「誰か分からないようなやつに使われたら嫌だ」という意見も見かけました。権利はどのタイミングで行使するかは自由であるところ、これこそ著作権を主張すればそのまま法的に認められる意見だと言えます。
このあたり、著作権を敢えて否定する意味が特にないのですね。
法的に見たら「どういうやり方で権利行使するか」という点に違いがあるだけで、権利行使が比較的ゆるいかきついかの違いという形なのですね。
そうすると、相手の権利を尊重することが、自分の権利を尊重することに繋がるのではないか、と個人的には思います。

中にはあらかじめ利用の可否を投稿時点で明記するようにして、「利用されたくない人は担当が採用を避けられるようにすべき」というタイプの意見も見ました。
そうやって、排除してどうするのだろうか。もし、これで利用可にしたとき、どこの馬の骨とも知れない人が勝手に利用したとき、文句を言えないと言うことにして良いのでしょうか?
他にも気になったのは「宗角さんの努力をまずは評価すべき」という系統の意見。
個人的には、上述の通り、宗角さんのやり方に多少問題があったと思ってるし、そこで出てきた意見はまともだと思っていた。
それゆえ、意見のタイミングや順序についての議論は、それ自体が「正しい意見に対して本質でない部分を突いて排除する理屈」に繋がるとの警戒心が働いた。
そういう形で、排除していくのではなく、権利をうまく使う議論ができたらなぁ、と言うのが私の考えと言うところなのですね。
乱文でしたが、こんなところで、今回の雑感は〆ます。失礼しました。

新作詰将棋解答発表等

前回の記事において、発表させていただいた詰将棋の解答を発表しようと思います。

裸玉はこれまでも気が向けば研究をしていたところですが、なかなか形にできずにいました。
8月の下旬ごろだったと思いますが、過去の裸玉から、何らかのヒントを得ようとおもちゃ箱のこのページを読んでいたとき、「成り立っていて誰も挑戦していないものなら、もし完全作があればそっくり眠っているはず……」という部分を見て、ハッとしたのです。

裸玉一覧を見る限り、逆玉座という玉座・天王山に対比する点で一定の意味を持つ裸玉が、これまでに一度も、不完全作すら発表されていない、と。

水面下で研究されていることはあるとは思います(実際に岡村さんのツイッターを見る感じでは、今回の発表作を知っていたように見受けられます)が、完全作があるとしたら、59玉型にもそっくり眠っているはず、と考えたわけです。
このとき、裸玉一覧と岡村さんがおもちゃ箱に寄せた文章から考えると、小駒裸玉はまずありえないだろう、と当たりをつけ、大駒の飛車と角のどちらを中心に据えるかを考えました。
飛車を中心に据えたとき、53飛車からいくらか駒を捨てて、一間龍を目指す手順や、横に動いて龍になる手順、初手は小駒を捨てて4筋で飛車を打ち下ろす手順等、いずれにせよ龍が強力な駒となり、手順を限定することが困難であると考えて、最初から角のみで手順を作ることにしたのが、創作の第一段階でした。

まずは合駒の読みが入る可能性があるため、香車も外して、角金銀桂歩で駒を調整して考えていきました。この時点では

(1)37角、48合、77角、68合
(2)37角、48合、68銀、同玉、57銀、同玉、13角

と言った筋が有力な筋として考えられました。また、初手角打以外では

(3)48銀、同玉、37銀、同玉、49桂、38玉、16角、27歩合、同角

と言う筋もかなり強力でした。そうこう検討しているうちに、検討抜けはあるかもしれませんが、角2枚+金銀桂歩では上手くいかなさそうだということが分かり、香車を追加して検討しました。そこでは、

(4)37角、48合、68銀、同玉、57銀、同玉、59香、68玉、57角

という筋が面白そうだと言うことで、調べていきましたが、これも上手くいきませんでした。これで、もうダメか、と思っていたのですが、ある瞬間に、

(5)48銀、同玉、93角、57合

という筋が存在することに気がついて、道が見えてきたのです。(3)の手順やこの手順だと、角は1枚で良い可能性が出てきます。
当初は、57合以降は、37銀、同玉、49桂という筋で考えていましたが、57合が桂だとこれがなかなか詰まない。そこで、桂合を詰ます駒種を模索し続けて、詰みを見つけ出したとき、銀合が詰まないと言う事実に驚いたという記憶があります。
銀合を詰むようにすると、今度は(3)の筋が詰みかねない、ということで、ギリギリの範囲を探索し、最後の最後に候補に挙げた2パターンのうち、一つがつぶれたのを確認した後、と言うのが本図でした。



作意手順

48銀、同玉、93角、57銀合、39金、58玉、48金打、59玉、49金寄、69玉、78銀、同玉、67銀、同玉、57角成、76玉、77歩、85玉、76銀、74玉、75馬、63玉、53金、72玉、63銀、81玉、82歩、91玉、94香、92歩合、同香成、同玉、94香、82玉、83歩、81玉、91香成、同玉、64馬、92玉、82馬、迄41手詰

29手目と33手目の94香は、94以遠の以遠打非限定、31手目で不成は82玉からの変同をもたらす成生非限定となります。

変化紛れについて考えていくと、まず第一点として、持ち駒に桂が無いことが挙げられます。
これにより、角か香で足場を作る必要が出てくるわけですが、これら線駒に対しては、合駒によって利きが遮られる可能性が高く、これを上手く打ち破る必要が出てきます。
そうすると、48銀同玉37銀同玉39香といった順は、38歩合程度で香の働きが大きく制限されてしまい、これを打破するのは難しいのです。
48銀同玉47金同玉49香も、裸玉一覧38玉型裸玉との対比からして、駒が足りません。
そういうわけで、93角から馬を作りにいきつつ、角の利きを大きく残す本手順が勝ると言う格好になっています。
5手目は角のラインに金か銀を打つことで、角を上手く活用する手順となります。ここで銀だと49玉と落ちる手が好手で、本手順と比べて余計に駒を使わせることができ、明らかに足りなくなります。
ちょっと贅沢でも金を打つと言うことになります。
そして7手目。ここは59香や47銀が極めて有力です。
59香には同玉48銀と、香を一枚捨てることで金ではなく銀を用いて一種の節約を果たしますが、結局のところ、香を捨てた分をカバーするほどの節約効果がなく、詰みません。具体的には後からも出てきますが、17手目の77歩に対する65玉の変化において持駒を全部使う必要があり、このルートに入ってしまうと、香一枚捨てたロスが大きく巻き返せません。そして、それ以外の手順を組み立てようとしても、やはり届かない、と言う形になっています。
また、47銀からの手順もかなりギリギリで、歩がもう一枚あると詰んでしまいます。具体的には
47銀67玉78銀同玉79歩同玉53角成68金合同馬同玉69香同玉58銀打68玉79金同玉69金88玉89香97玉98歩同玉
と進み、後1歩という形になります。
ここを超えると山場は越えています。48金打に対して59玉として2手稼ぐのはちょっとしたアクセントかもしれません。
手は飛んで17手目。ここでの歩打にたいして65玉も盤の右上が広く、すべての駒を動員して詰ますことになります。
67香54玉45銀43玉44歩32玉34香33歩合同香成同玉34歩23玉24銀22玉33歩成11玉22金が一例となります。
この変化を前提に考えると、17手目79香は65玉で一枚足りません。
一方で本手順は85玉というのは面白いものです。

変化紛れの概要は大体こんな感じです。自分が行った検討は、主に柿木上でやっており、kifファイルになっています。分岐等を詳しく確認したい人はこちらから見ていただけると良いと思います。
検討用kif
なお、変化については多くの場合で柿木にかけただけと言う面があります。そのため、厳密には変別になっていたりするかもしれませんが、そこはまぁ柿木を信じて、一応本手順よりは短いなというのを確認する程度になっていたりすることをご了承ください。


本作品については4名の方から回答をいただきました。
いずれも作意解であり、余詰指摘はありませんでした。
回答者は以下の通りです。
匿名さん、馬屋原さん、sorimさん、ミーナさん
sorimさんは柿木駆使ということで、懸賞は不要との前提でのご回答でしたので、残りの3名の皆様に、借り猫さんからいただいた商品を送らせていただこうと思いますので、コメント欄等に連絡をいただけたら、そちらから商品目録をお知らせします。
商品を辞退される場合には、私がありがたくいただいておきますので、それはそれで構いません。正直なところ、商品の中に個人的に欲しいものが混ざっていたりします(笑)
コメントにつきましては、ミーナさんのものが最も作品の中身について詳しくコメントされていたので、ご紹介させていただこうと思います。

ミーナさんのコメント
入玉型の裸玉はまだまだ未開拓で、58玉型から53飛~59金でできないかと模索していました。
角でてがかりを作るのは、どうしても持駒が増えるので、手順が限定しにくいと思っていました。

この図は、4手目から膨大な変化のなかで、ほんのわずかな違いをギリギリで切り分けています。
4手目は金合か銀合か。5手目は金か銀か。7手目が重くて打ちにくい。
47銀や59香で詰まないのがほんとうに不思議なほどです。
追い出してからも、17手目79香では65玉でわずかに詰まないのに77歩に85玉が長いとは。
結局、非限定はさいごの2度の香打だけのようです。
変化で四隅をすべて使う大作で、歴代の裸玉のなかでも最上位にくる作品と思います。
ぜひ多くの解答者の声をきいてみたいものですが、はたして解答はあつまるのでしょうか?


最初の、飛でできないかと言う着眼点は、私の着眼点と完全に逆というところが面白いところですね。
実際のところ、駒数が少ない裸玉は、ソフト解析も比較的楽になるので、完全作が残ってるとしたら駒数が多い方ではないかというのも一つの理由ではありました。ただ、今回の私は飛を持駒にすることを完全に排除して調べておりましたので、飛を持駒にした5筋裸玉はロマンがあると思います。
「驚愕の曠野」も持駒角ですし、飛で見つかればやはり、それは大発見ではないでしょうか。

いずれにせよ、高評価をいただき、嬉しく思っています。ありがとうございます。


また、鬼灯さんからは「3手目の局面から別の逆算が可能ではないか?」との指摘をいただきまして、鬼灯さんと私とで共同で逆算可能性を検討していました。以下では、現在における研究結果を提示します。

ragyoku2.png

初手49香は48歩合でどうやら詰まないっぽい。完全作の可能性あり

ragyoku3.png

初手49香は47歩合でどうやら届かない。ただし、中央に寄りすぎて、考えられる手も増えていると考えられるところ、検討すべき手順が難しく、検討不足の可能性あり。

ragyoku4.png

驚いたことに38銀からの83角はどうやら届かない。ミーナさんのコメントにあるように4隅をすべて使い切るような詰手順であったことから、左辺が広くなりすぎて逃れるようだ。結局48金からの完全の可能性が高い。

ragyoku5.png
ragyoku6.png

上記二つは28銀から73角がかなり迫れる。
特に角2枚の方はギリギリで逃れているようだ。検討した限りでは余詰は見つかっておらず、完全作と思われる。

なお作意手順は上から順に
・48歩、同玉で48玉裸玉に合流
・47歩、同玉、48歩、同玉で48玉裸玉に合流
・48金、同玉で48玉裸玉に合流
・48銀、同玉で48玉裸玉に合流
・93角(57以遠非限定)、48銀合、同角(成)、同玉で48玉裸玉に合流
となります。


以上、指摘をいただいた鬼灯さんとの連名という形で公表させていただこうと思います。指摘をいただき、共同で検討した以上、私からのお願いとして受け取っていただけると幸いです。


最後に、本詰将棋の著作権法上の取り扱いに付きましては、発表時に掲載したとおり、お願いいたします。
具体的には以下の通りとなります。

・著作権侵害にあたる、無断での転載・利用をかたく禁じます
ネット上での利用や書籍等での利用には、法的に認められる引用や私的利用の場合を除き、権利者の許可を取ってください
・氏名表示権について、作者名は 桃燈 としてください
・引用に当たっては、発表場所を ブログ発表 として、本件ブログ名は出さないでください
ブログ名を出さないでほしいのは、他の記事との関係で論争等を巻き起こしたくないためです。

詰将棋は、図面で表示せずとも、駒位置および持駒を提示するだけで、全く同様の効果を持つため、そのような形でも複製になると考えるべきであります。
従いまして、許可なくそのようなことはしないでいただきたく思います。一覧表などは私も必要なことだと思っていますので、ぜひ連絡をいただけますようよろしくお願いします。

なお、氏名表示権については、このブログにおける管理人の登録名が「結城桃燈」となっており、作者名で混乱をきたさないように、と言う意味でございます。
メールアドレスやブログ、各種アプリ等で姓を登録する必要がある場合に「結城」とつけているだけでありまして、普段から「桃燈」をペンネームにしているので、「桃燈」でお願いしている、ということです。
なお、本記事で発表した鬼灯さんとの共同発表の5作は「桃燈・鬼灯」の共同名義と言うことでよろしくお願いします。

これにて解答発表をしめさせていただきます、ありがとうございました。


11月12日追記

匿名さんと、連絡を取り、当記事で公表した、別パターンの逆算図について、連名での発表を快諾いただくとともに、ペンネームを鬼灯とすることになりましたので、記事における別パターンの図以降の表記を変更しました。
また、作品の利用に関しての連絡に当たっては、原則は私に一本化することとなりましたので、私に連絡いただければ、と思います。


11月18日追記
本エントリは10月31日が作成日となっておりますが、これは本エントリの作成をはじめた日時であり、公開した日は11月9日となります。
このことを記事内に記しておくべきではないかとのコメントをいただきました。その通りと思いますので、追記させていただきます。
指摘ありがとうございました。


2018年1月27日追記
作意手順に脱落が存在するとの指摘をいただき、修正しました。
コメントありがとうございました。


2018年2月4日追記
本記事で発表した5作について、合流部分までの手順を追記しました。
氏名表示権について、なぜこの記載をしたのかを追記しました。

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